卒後センター研修医・教員ブログ
2016年01月15日更新
1内科2内科3内科そして膠原病感染症内科
膠原病感染症内科・宮内俊一です。
外来をしていますと、膠原病が疑われているのに紹介状は「2内科」宛という患者さんにたまに出くわします。どういうことでしょう?
私が国家試験に合格し医師になったのは2003年のことでした。旧研修医制度の最終学年で、当時の私は同期5名とともに旧宮崎医科大学の第2内科に入局しました。そして6人でいっしょに1内科も3内科も研修でまわったものです。これが“旧研修医制度”です。
そして2006年に現在の膠原病感染症内科が2内科と分離して独立しました。
当時の自分は2内科の医員でしたので、膠原病・呼吸器・感染症の分野以外に、血液疾患も肝臓疾患も消化管疾患の症例も受け持っていました。膠原病感染症内科の分離・独立にあたり、もともとその路線を進むことを決めておりましたので何の不思議もなくその一員となりました。
その後1内科、2内科、3内科も臓器別内科に別れていくのかと思いきや、今に至るまでいわゆるナンバー内科のままですね。これは今後どのようになっていくのでしょう???
とにもかくにも、こういういきさつで膠原病感染症内科は生まれましたので、ベテランの先生の中にはいまだに2内科の中の一部門というイメージを持っている方がいらっしゃるようです。
実際、独立当時はまだ膠原病感染症内科というネーミングが知れ渡っておらず、また医局も病棟もそれまでのままでしたので、コンサルトも「2内科」宛が多い状況でした。当時は「2内科ではなくて膠原病感染症内科ですよ!」といちいち訂正していましたが、さすがに最近はそういうことも少なくなりましたね。
ただ現在でも、実は当直先がまだ2内科と共通であったり、同門会総会や医局旅行も合同で行います。親戚みたいなものですね。5階東病棟の当直医師も2内科医師だったり膠原病科の医師であったりします。
若い先生にはもはやご存じない方もいらっしゃるでしょうが、膠原病感染症内科ってそんな科なんです。
しかしそれにしても、1内科2内科3内科そして膠原病感染症内科という不自然な名前の並びはまだ当分は続くのでしょうか?
(宮内)