卒後センター研修医・教員ブログ
2024年07月08日更新
「学会発表今昔物語」
副センター長の宮内です。今となっては昔のことですが、宮内が初めて学会発表の機会を得たのは、医師免許を取得した翌年の2004年8月でした。
その時の発表形式はというと、スライドフィルム【挿絵1】をプロジェクターに設置して紙芝居の如くカシャン、カシャンと送りながら喋るものでした。
PowerPointで作成したスライドを写真屋さんに持ち込んでスライドフィルムを作ってもらっていました。ですので発表の1週間ほど前にはスライドは完成していなければならず、写真屋さんへの提出後は訂正もできません。〆切のハードルは今よりもずっと高かった気がします。発表の時は、スライドを送るたびに「次、お願いします」と言ってスライド係の人に一枚ずつ動かしてもらっていました。【挿絵2】
人生初の学会発表の1ヶ月後にも、別の学会発表の機会を頂きました。その時の発表形式は、今に繋がる、PowerPointスライドをPCでみずから動かしながらの発表形式でした。ちょうどこの頃は、上述の“スライドフィルム紙芝居”から“PCプレゼンテーション”への過渡期だったんでしょうね。後にも先にも“紙芝居”は2004年8月の1回だけでした。貴重な経験だったな、と思っています。
使用済みのスライドフィルム、いまだに引き出しの奥に保管しています。歴史を語る資料のような気がして…..。
ちなみに宮内はこの初発表の時のスライド作成時が、PowerPoint初体験の時でした。全く要領を得ないまま先輩の過去の学会スライドをもとに言葉や数字やグラフを入れ替えて、作成した覚えがあります。だんだん使いながら慣れていくものでしたが、当時の学会発表スライドを見ると、色遣いやレイアウトやフォントが似通っていて、その前の発表スライドを改変して新しく作ったのがよくわかります。そして同僚のスライドを見ると「この人はあの先輩からもらったスライドがベースになってるな」とわかるものでした(今でもそうですね)。
今では知識も世間に溢れる情報も増え、いろいろスライド作りにオリジナリティが出せるようになったかと思います。宮内はこういう作業はむしろ好きな方で、色やデザインや動きなど、いろいろ凝るようになりました。もちろん、もっとも重視するのは、「見て聴いている人々にしっかり届くように!」ですけどね。
さて、コロナ禍を経て学会や研究会での発表もリモートで、という時代になりました。もちろん現地で発表という形式も根強く残っています。忙しさも相まって、往路の飛行機の中や前夜のホテルでもスライドを手直ししている自分がいます。1週間前にスライド完成!の方が良かったのか、直前まで手直しできる!がいいのか、正解はないですね…。
※挿絵1と2は、ChatGPT・DALL-E3に命令して作成しています。特に【挿絵2】は“スライドフィルム紙芝居”しているイメージ図を作らせたものですが、とても粗(あら)が目立ちます。何回もこまかく指示して修正しましたが、なかなか思うようなイメージを作ってくれません。1周回って結局同じような絵になったり、「さっき“それは削除して!”と言ったでしょ」となったり…。悪いけど、生成AIに正式な文章やfigureを作らせる気には、まだまだ到底なれませんね…。