血液凝固因子XI(FXI)は、凝固作用を有しながらも、止血には大きく関与しないと考えられています。従来、抗凝固薬は副作用として出血リスクが問題となりますが、FXIは、副作用の少ない新規抗凝固薬の標的として期待されています。
当講座の大栗大学院生らは、FXIの深部静脈血栓症(DVT)の病態形成に果たす役割を明らかにするため、剖検例のヒトDVT検体の組織学的解析を行い、さらに活性化FXI(FXIa)阻害薬および活性化血液凝固X因子(FXa)阻害薬の血栓形成と止血における機能を明らかにするため、家兎の血栓・出血モデルおよびヒトおよび家兎の全血を用いたin vitro(フローチャンバー)システムで評価しました。
●ヒトDVTにおけるFXIの局在
深部静脈血栓は新鮮部、細胞溶解部、器質化部の異なる時相の血栓成分が種々の割合で混在していました。FXIはすべての血栓に存在しており、主としてフィブリンに一致して局在し、特に非器質化領域に多く分布していました。電子顕微鏡解析では、FXIがフィブリン様メッシュ構造に集積している様子も確認されました。
●動物モデルにおける低分子化合物のFXIa阻害薬(ONO-1600586)の効果およびFXa阻害薬との比較
FXIa阻害薬は、家兎の頸部静脈血栓モデルにおいて血栓形成を抑制させ、大腿動脈出血モデルにおいて出血時間および出血量には影響を与えないという特異なプロファイルを示しました。一方で、従来のFXa阻害薬(リバーロキサバン)は血栓形成を抑制しつつも、出血傾向を有意に増加させました。
●フローチャンバーによるフィブリン形成の違い
低ずり速度下におけるフローチャンバーシステムでは家兎およびヒトの全血でフィブリン形成の減少や還流後のプロトロンビンフラグメントf1+2の減少がみられましたが、FXa阻害薬の効果がより強く、低ずり速度下におけるトロンビン産生やフィブリン形成への関与の違いが影響している可能性があります。
本研究により、ヒトDVTにおけるFXIの存在と病態生理学的意義が示唆されました。加えて、FXIa阻害薬は血栓形成抑制と出血リスク低減を両立し得る新規抗凝固療法として、臨床応用への大きな可能性を有することが示されました。
掲載論文・リンクは以下の通りです。(Open accessであり、どなたでも閲覧・ダウンロードできます)
Oguri N, Gi T, Nakamura E, Maekawa K, Furukoji E, Okawa H, Kouyama S, Horiuchi S, Sawaguchi A, Sakae T, Azuma M, Asada Y, Yamashita A. Factor XI localization in human deep venous thrombus and function of activated factor XI on venous thrombus formation and hemostasis. Res Pract Thromb Haemost. 2025;9:102720. https://doi.org/10.1016/j.rpth.2025.102720
母体安全への提言(2023年版)の英訳版が掲載されました
阿萬助教が委員会のメンバーを務める妊産婦死亡症例検討評価委員会が執筆した、母体安全への提言(2023年版)の英訳版が、Journal of Obstetrics and Gynecology Reserchに掲載されました。
母体安全への提言は、日本国内の妊産婦死亡の動向や母体安全のための方向性を示すための提言をまとめたものであり、妊産婦死亡症例検討評価委員会、日本産婦人科医会が毎年発行しているものです。妊産婦死亡症例に対する、病理解剖の重要性についても記載されています。
(Open accessであり、どなたでも下記リンクよりご覧いただけます)
Japan Maternal Death Exploratory Committee. Proposals for improving maternal safety (2023 edition): Insights from the analysis of maternal deaths in Japan. J Obstet Gynaecol Res. 2025;51:e16244.
doi: 10.1111/jog.16244.
食餌の軟らかさが、インスリン抵抗性や肝臓の糖・脂質代謝に与える影響を明らかとした原著論文が公開されました
宮崎大学フロンティア科学総合研究センターおよび医学部看護学科生活・基盤看護科学講座助教の山口史剛先生らと、当講座中村先生らが共同研究した研究成果が発表されました。
本研究では、軟らかく吸収しやすい食餌(軟質食)がインスリン抵抗性や肝臓の糖・脂質代謝に及ぼす影響を調査しました。
主な結果
● 軟質食を9週間摂取したラットでは、インスリン抵抗性の上昇を確認
● 22週間の継続摂取により、血糖値の上昇、肝臓の糖代謝異常、脂質合成の増加が顕著に
● 一方で、軟質食から標準食に戻した群では、代謝異常が回復
研究の意義
本研究により、食事の物理的性質がインスリン抵抗性や糖尿病リスクに影響を与える可能性があることが示唆されました。また、適切な食事選択による代謝異常の改善の可能性が明らかとなり、糖尿病の病態や、予防・治療の側面からも重要な知見と考えられます。
Fumitake Yamaguchi, Sayaka Akieda-Asai, Eriko Nakamura, Hinano Uchida, Atsushi Yamashita, Yukari Date. Continuous exposure of non-obese adult male rats to a soft-textured, readily absorbable diet induces insulin resistance and derangements in hepatic glucose and lipid metabolism.
The Journal of Nutrition, in press.
https://doi.org/10.1016/j.tjnut.2025.03.009.
(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022316625001609)
炎症・低酸素環境と、粥状動脈硬化プラークの血栓性との関係を検討した原著論文が掲載されました
前川研究員らが、粥状動脈硬化プラーク内の細胞が持つ血栓形成能に着目し、炎症および低酸素刺激が組織因子(TF)発現や解糖系を促進し、冠動脈血栓形成に関与する可能性を検討しました。
主な結果として、
● 不安定プラークでは、安定プラークに比べてTFおよびヘキソキナーゼ(HK)-IIの発現が増加
● TF・HK-II陽性のマクロファージが血小板-フィブリン血栓形成に関与
● 炎症刺激と低酸素状態の組み合わせが、TF発現および凝固活性を増強
● 解糖系阻害によりTF発現と凝固活性が抑制
これらの結果から、炎症および低酸素環境がマクロファージの凝固活性を著しく増強し、プラーク破綻後の冠動脈血栓形成に寄与する可能性が示唆されました。
急性冠症候群の発症機序を、プラーク環境の観点から解明した研究であり、重要な知見と考えられます。
Maekawa K, Nakamura E, Saito Y, Matsuura Y, Gi T, Nishihira K, Oguri N, Mriguchi-Goto S, Sato Y, Hatakeyama K, Shibata Y, Komohara Y, Kaikita K, Asada Y, Yamashita A. Inflammatory stimuli and hypoxia on atherosclerotic plaque thrombogenicity: Linking macrophage tissue factor and glycolysis. PLOS ONE 2025;20:e0316474. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0316474
*Open access であり、どなたでもご覧いただけます。
山下教授らの総説が掲載 (Current Opinion in Hematology)
当講座の山下教授らが執筆した、血栓性疾患の病態・病理組織学的な血栓組成についての総説が掲載されました。病理組織学的観点で、血栓性疾患を横断的に論じた総説は極めて少なく、重要な知見と考えられます。当講座から、世界に先駆けて報告したがん関連血栓症、羊水塞栓症の病理病態についても詳細に紹介していますので、ぜひご一読ください。
(Open access であり、どなたでも下記リンクよりご覧いただけます)
Yamashita A, Gi T, Sato Y. Histological differences among thrombi in thrombotic diseases. Curr Opin Hematol. 2025. Advance online publication. https://doi.org/10.1097/MOH.0000000000000860
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(2025.4.2. 追記)
正式にページ番号が付きましたので、追記しました。
Yamashita A, Gi T, Sato Y. Histological differences among thrombi in thrombotic diseases. Curr Opin Hematol. 2025;32:146-156.
doi: 10.1097/MOH.0000000000000860.
Case report: Tracheal pleomorphic adenoma
県立宮崎病院病理診断科/当講座研究員の前川先生が共著である、症例報告が掲載されました。
高度な気道閉塞を伴った気管発生の多型腺腫の症例です。
症候性の気管閉塞性多型腺腫に対し、Intervensionにより摘除し得た症例であり、貴重な症例集積と思われます。
Kushima N, Himeji D, Yanagihara T, Maekawa K, Marutsuka K. Tracheal pleomorphic adenoma with severe airway obstruction. Cureus 16(12): e76341. doi:10.7759/cureus.76341
(Open access であり、どなたでもご覧いただけます)
教授よりご挨拶を掲載しました
山下篤教授のご挨拶を新規追加いたしました。
2024年の業績を投稿しました
2024年の業績を投稿しました。
閲覧はこちらのリンクからどうぞ。
血管病理研究会で研究発表を行いました
症例報告:Mesothelial/monocytic incidental cardiac excrescence
当講座の黒木麻由医員らが、僧帽弁形成術に関連した左室mesothelial/monocytic incidental cardiac excrescence (MICE) について症例報告を行いました。MICEは、開心術などで偶発的に発見される組織球・中皮細胞・フィブリンで構成される凝集塊病変であり、その組織像や発症機序の考察を、免疫組織化学、免疫蛍光化学を用いて詳細に報告したものです。
組織像からその発生機序を詳細に考察した報告は少なく、重要な知見集積であると考えられます。
本症例の要旨は、黒木医員が第396回九州・沖縄スライドカンファレンスで発表しました。
*病理学会員は、メディカルオンラインから無料で閲覧可能です。
黒木麻由 他. 僧帽弁形成術に関連した左室mesothelial/monocytic incidental cardiac excrescenceの一例. 診断病理. 2024;42:343-348.