2026年5月18日、医学科4年生に105教室で講義を行いました。終了後にラグビー部員が集まってきてくれました。私は宮崎医科大学ではラグビー部に所属していました。ロックやフランカー、幹部学年のころは主務を務めておりました。九山での優勝経験はなく、強くて3位、4位位が多かったと思います。お陰で多くの仲間達と青春時代に切磋琢磨してきました。その後社会人になってから日本ではラグビーブームが巻き起こります。五郎丸のゴールキック前のルーティーンが有名になった南アフリカ戦、その次の日本大会でのリーチ・マイケル主将率いる日本チームの活躍は目覚ましいものがあります。これまでラグビーに無縁であった、日本人の多くを老若男女かかわらず虜にしてきました。
現在のラグビー部員に聞きますと私たちの頃とはずいぶんトレーニング方法も違う要に思います。まず、部員のほとんどがジムに通い意識をも持って正しい方法で筋肉トレーニングを行っている事です。私たちの頃にはプール横に現在は駐車場となっているところにラグビー・サッカー場場があり、日々練習に励んでいました。すぐ近くに部室があり、ベンチプレスがおいてありました。筋トレの指導者もままならぬ状況で先輩に指導され、ひたすら頑張っていたように思います。

2026年5月18日(月)、105教室での産婦人科講義後に4年生のラグビー部員、マネージャーが集まってきてくれました。講義後の部員との交流はとても新鮮です。従来の医学生としての姿を見ることができます。みな熱心で将来の日本の医療の担い手として活躍していくことと思います。
私は自分のこれまで歩んできた道のりを示しながら、学生達にこんな話をしました。私自身は宮崎大学医学部卒業し、宮崎大学の産婦人科に入りました。その後39歳になって、大阪の国立循環器病研究センター、東京の榊原記念病院での研鑽を積み増した。自分自身を振り返ると卒業した母校、宮崎の地の利を良く理解しており、宮崎での医療に貢献したい思いが強かったです。最初の10年余りを宮崎で過ごし地固め、社会勉強した事が現在教授として教鞭をとれている事の礎になっています。皆さんも医師になって、それぞれの思いと願い、希望・目標を持って医師になられると思います。初期の研修・専攻医・専門医取得・主治医としての基礎固めの時期を是非母校の宮崎大学を選ぶ事も大きな選択肢です。
ラグビー部主将 中島悠吾君がラグビー部にかける現在の思いを語ってくれました。
平素よりお世話になっております。
この度の大会では、準優勝という結果に終わり、部員一同大変悔しい思いをいたしました。
しかし、この悔しさを決して無駄にはせず、西医体までの残り3か月間、互いに切磋琢磨しながら、これまで以上に練習へ励んでまいります。
8月の西医体では優勝を成し遂げられるよう、部員一同全力で努力してまいりますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
ラグビー部主将 中島悠吾
素晴らしいですね。OBとして、日々応援しております。医学部4年生の皆さんが、豊かな人生、豊かな実りを迎える事ができますようにしっかりと応援、医学教育、そして支援してまいります。
頑張ってください!



