医学部6年生も医師国家試験を控え学生生活を楽しむとともに、その試験勉強に向けてギアを挙げていることと思います。
私自身も1995年に医師国家試験に合格し、無事医師となり、今年で31年目になりますが、常に新しい気持ちで患者さんと向き合い、診療を日々、行っています。
今回は宮崎大学医学部6年生の山口賢士君に宮崎大学で過ごした6年間を振り返り、また、医師国家試験を目指し、日々学業に集中する中で、現在の気持ちを語って頂きました。
このような若者が「世界を視野に地域からはじめよう」という宮崎大学のスローガンのもと、宮崎の医療を、日本の医療を、世界の医療を支える良き医療者へ羽ばたいて頂ける事を我々宮崎大学の教育者は望んでいます。6年間、ありがとう、そして、来年からは医師として一緒に頑張っていきましょう。患者様によりそう、医療はどの診療科でも行えます。基礎研究を行うのも患者様のためです。少し早いはなむけの言葉になりますが、今与えられた小さな仕事を完了させる事が、信頼を生み、将来の発展につながります。頑張っていきましょう。山口君の文章の「医師国家試験合格を掴み取りたいです。」には何事にも情熱を燃やし頑張ってきて、ラグビーんも試合中に敵にもまれながらも前を向いて突進しゴールに向けて突き進むプレ-を彷彿とさせるような、強い気持ちを感じ感動いたしました。医師になってからもチームプレーは続き、知識・技術・態度の上乗せは医学生と共通する部分は多くあります。
それでは以下に本文を示します。
宮崎大学医学部医学科6年生になりました。山口賢士と申します。昨年度に引き続き2回目の寄稿の機会をいただき、誠にありがとうございます。今回の寄稿に至った経緯としましては、手術室で桂木教授と偶然お会いし、「今日飲み行こう」とお声がけいただき、焼肉に連れて行ってくださいました。その際に、「6年生になり、部活を引退した今の思いを綴って欲しい」とのお言葉をいただき、今回の寄稿に至りました。
まずは、改めて宮崎の良さについて書きます。1番の宮崎の良さは先生方との距離が近く、繋がりが太いことだと思います。2年間の実習を通してさまざまな実習先、診療科を回らせていただき、たくさんの先生方と出会いました。その中で、多くの先生方が自分のことを覚え、気にかけてくださり、飲みに連れて行ってくださいました。実習中も前のめりで教えてくださる先生方の姿が印象的でした。これほどまでに、先生と学生の距離が近いのは、宮崎ならではだと感じております。
次に、僭越ながら私の学生生活について書かせていただきます。この1年間、19年間のラグビー人生のラストイヤー、ボディビル初挑戦、卒業試験、マッチングなど色々なことがありました。ボディビル、マッチングのためラグビーは幹部までで引退することを考えたこともありました。しかし、責任をもって最後まで続けた先輩方を見て、自分も後輩のために最後まで自分にできることをしようと決意しました。昨年度立てた目標である、西医体2連覇は達成することができませんでした。しかし、強い宮医であり続けるための文化は創ることができたと感じています。昨年多くの先輩方が引退され、1からのチーム作りでしたが、全員が主体性を持って練習に取り組み、進んできつい練習をする習慣がこの1年で育まれたと思います。今年は思いどおりの結果は出ませんでしたが、来年以降、後輩たちが再び優勝を持って帰ってくれると確信しています。ラグビーというスポーツは痛いし、きついし、汚れるし、怖いです。しかし、それを全員が経験し、共有し、乗り越えるからこそラグビーの繋がりは強いのだと思います。そして、ラグビー部に悪いやつはいないと私は考えています。ラグビーというスポーツに出会い、ラグビーを通じて最高の仲間たちに出会うことができて本当に良かったです。ここまでラグビーを続けることができたのは、OB・OGの方々、先輩・後輩たち、そして、同期のみんなのおかげです。この場をお借りして改めて感謝申し上げます。先輩方からしていただいたように、今後は私も全力で後輩のサポートをしていきたいです。
最後に、国家試験まで残り5ヶ月を切りました。医師として一刻も早く社会に貢献できるように国家試験まで必死に勉強し、合格を掴み取りたいです。合格した際には、宮崎で先輩方から教わったこと、ラグビー部で得た繋がりを大切にして、人を思いやることのできる医師になりたいです。まだまだ人として未熟な私ですが、少しでも人の役に立てるように生涯にわたって努力します。
最後になりましたが、このような貴重な機会をくださった桂木教授に感謝申し上げます。長くなってしまいましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後とも山口賢士をどうぞよろしくお願いいたしま



