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桂木教授の部屋

宮崎空港での出来事に学ぶ

【状況設定】

7月15日(火曜日)に日本周産期・新生児学会に出席のため、朝7時35分の飛行機で大阪に向かう予定でした。ところが、保安検査を通過したはずの人物に、後から何らかの安全上の問題が見つかりました。しかしその人物がすでに搭乗口へと移動してしまい、どこにいるか特定できません。空港側は「念のため全員の保安検査をやり直す」という措置をとりました。

『保安検査のやり直しの放送』、この時点で1時間半全ての離着陸が停止しておりました。この放送にはどよめきが起こりました。

数々の意見を耳にしました。災害時、緊急時には情報を取り入れ、集団で行動するのが大事と常々思っておりましたので、周囲の人と意見交換をしました。おおむね現状への対処法・希望として3つの意見があるように感じました。


【選択肢】

意見1:
「やり直しで時間がかかっても、事件や爆発になるよりはずっとマシ。安全が最優先やから仕方ない。」

意見2:
「そもそも問題が起きた時点で、その人をしっかり検査できていなかったのが問題。こんな事態は防げたはず。安全システムに欠陥があるのでは?」

意見3:
「全員を待たせるなら、何が起きたのかを放送すべき。理由も分からずただ待たされるのは納得できない。」


予定外の状況になれば、誰しも不安になります。医学部6年生の皆様であれば、遠隔地への受験など、人生がかかった移動もあり、さらに不安も大きいことでしょう。その上で、私は1の意見に近いのでそれを個人の見解として述べたいと思います。

【解説】

● 意見1がなぜ“正解に近い”のか

空港の保安検査は「最悪の事態を防ぐ」ための最後の砦です。
問題があったと判明した時点で、その人物が見つからない場合、「全員の再検査」はリスクを最小限に抑える唯一の選択肢です。クレームや不便があっても、「安全」と「命」が最も優先されるべきであり、この判断は危機管理として“正しい”ものです。

このような判断が求められる場面は、医療現場でも頻繁にあります。理不尽に見える手間や手続きの裏には、人の命を守る「合理的な理由」があるのです。


● 意見2の“問題点”

問題発生の責任を「システムの不備」や「人のミス」に直結させる視点は、原因追及としては重要ですが、「今この瞬間、何をすべきか」という緊急対応を軽視してしまう恐れがあります。

医療においても「なぜミスが起きたか」は大切な視点ですが、現場でまず求められるのは「次に何をすべきか」の冷静な判断です。原因追及はその後、しっかり行うべきであって、緊急時の行動判断を後回しにしてはいけません。周囲への報告・連絡・相談が重要であるのは言うまでもありません。


● 意見3の“リスク”

「情報公開」は確かに大切ですが、空港や医療現場ではあえて詳細を公開しないことで混乱を防ぐという戦略が取られることもあります。
不完全な情報が一人歩きすることでパニックが起き、より深刻な二次被害につながるリスクもあります。

また、伝えるべき情報と、あえて伝えない判断のバランスをとるのも「プロの判断」です。
医療でも、患者さんや家族に説明する際に「どこまでをどのタイミングで伝えるか」が極めて重要です。


【大学生へのメッセージ】

皆さんは、これから社会にはばたいていく若者であり、特に医学部生の皆さんには、未来の医療を支える使命があります。

日々、私たちは知識や技術を学びます。しかし、それだけでは医療は成り立ちません。
人生には、空港でのハプニングのように、「聞いてはいたけど、自分が経験するのは初めて」という状況が突然起こります。

診療の現場でも、予期せぬ事態は起こりえます。そうした時、落ち着いて周囲を見渡し、「今、自分が何をすべきか」を判断できることが、大人として、そして医師としての“成熟”につながります。

焦りや怒りに流されず、場の空気を読み、必要な行動を選ぶ。
それが、患者の命を救い、チームの安全を守る力になるのです。

学問も大事です。ですが、本当に人を救うのは、「冷静な判断力」と「状況に応じた行動力」です。
今日の経験が、皆さんの未来の判断に生きることを願っています。

医師として、何よりも大切なのは、予期せぬ状況の中でも冷静に対処し、患者さんを安全な診療の方向へ導く力です。
その判断力・実行力は、一朝一夕で身につくものではありません。しかし、皆さんが今過ごしている日々の医学部生活や臨床実習の中にこそ、確実にその土台が培われていると、私は信じています。

私たち宮崎大学医学部のスローガン——「宮崎から世界へ」
これは決して誇張ではありません。むしろ、それは皆さんが今日、隣にいる仲間を大切にし、患者さん一人ひとりと誠実に向き合う姿勢の延長線上にある、真実の道標なのです。

産婦人科医として命の誕生に立ち会うたびに感じるのは、「一つのいのちの重み」と「そのいのちを守る者としての責任」です。
皆さんも、未来の医療を担う存在として、どんなに小さな経験も、一つひとつを深く感じ取り、成長の糧にしてください。

宮崎大学医学部生の皆さん——。
今日も、そして明日も、自分の理想と誠実に向き合いながら、「良き医師」としての一歩を確かに刻んでいきましょう!
私たちは、皆さんの未来に心から期待しています。