外部評価  GP外部評価委員

長崎純心大学 鈴木千鶴子
(長崎純心大学人文学部英語情報学科学科長・教授)

平成20年度「質の高い大学教育推進プログラム」(教育GP)

宮崎大学医学部「複視眼的視野を持つ国際的医療人の育成」―専門英語教育と海外相互臨床実習による包括的人材育成プラン―

専門英語教育:EMP(English for Medical Purposes)2009講座 視察報告書


視察期間:平成21年2月19日(木)〜平成21年2月20日(金)


概要

 宮崎大学医学部の専門教育課程カリキュラムの中に系統的に位置づけられた1〜5年次までの一貫専門英語教育のうち,4年生・5年生対象の集中講座EMPA III・EMPA IVを視察した。

 本講座は,実施要領・方法において以下の特色を持つものであった。

1)

 日曜日の公開国際シンポジウムを含め前後の木曜日〜火曜日6日間にわたる集中講座(授業:15コマ)である。

2)

 授業中の使用言語は,原則英語である。

3)   内容構成は,基礎医学,臨床医学,模擬実習,患者支援医療法,医学英語修辞法,国際医療救援活動,と多岐にわたり,将来の医療人財育成に必要とされる専門領域・分野を概ね含む。

4)   講師陣は,学内英語母語話者教員2名をはじめ,海外提携校であるタイ王国プリンス・オブ・ソンクラ(PSU)大学と米国カルフォルニア州立大学アーバイン校(UCI)よりの招聘講師,ならびに卒業生を含め日本語母語話者で英語で関連専門職に従事する特任講師,と多彩であり,専門性と英語使用との一体化が現実化されている。

5)  各学年10名前後の受講生による選択科目として,徹底的な少人数教育により演習中心の授業形態で,受講生各個人の専門領域での英語活用力の伸長を図っている。

6)  目標とする英語活用力は,様態においては受容のみならず産出,媒体においては文字のみならず音声を包含し,つまりスピーキングならびにライティング能力の育成をも明確に目的化し,教育実践している。

7)   授業後に設けられた関連の公開市民講座(日本語)への参加により,内容理解の補完も可能である。

講評

 今回特に視察対象とした「基礎医学(Biomedical Sciences)」「臨床医学(診断学領域,Doctor-Patient Interviewsを含む)」「模擬実習(海外医療現場を題材とするDVD教材による)」と「患者支援医療法」の授業を通して,本プログラムを特に下記の3つの観点(太字表記)から評価し,設定目標を上回る成果を上げていることを確認するとともに,その先駆的教育方法・実践の,他の専門領域への応用を含めた更なる進展の可能性に確信を得た。

以下,各評価項目について,視察授業で観察した事例に基づき報告する。


1.  学士課程教育の編成・構築において求められる体系化,特に外国語教育の専門教育との関連づけが,見事に果たされている。


 本事項については,専門教育課程カリキュラムに1年次から5年次までEMPを組み込んだこと,さらに6年次に海外臨床実習を実施すること自体が,新規な試みとして高く評価される根拠となっているが,加えて本集中講座EMPのシラバスの組み立て方に,その狙いとする関連づけが実現し効果を上げている。例えば「模擬実習」で英語圏における病院を舞台としたDVD教材を使用することを通して,日常的に交わされる会話はもとより救急治療場面や移植の是非に関する議論など,起こりうる多くの状況に英語で直接エクスポーズさせ,専門教育としても英語教育としてもオーセンティックな題材を効率よく供給する場としている。さらにその過程で,専門的または語学的に問題となる箇所を抽出し,学習者に理解を確認するとともに内容について考察・判断し,解答・発信する機会を組み込んでいる。

そのような学習内容と活動は,専門教育の進行した4年生5年生にとって,相当に興味関心の高い内容でありDVDにも拘らず場面への自己投入は容易となり,英語を活用する強い動機づけ(EMPという外発的動機づけと,自己の興味に拠る内発的動機づけ)を可能にしている。   


2.  高等教育の国際的な動向を踏まえ,グローバル化社会に対する視座,職業人としての基礎能力,課題探求能力,バランスのとれた国際的に通用するコミュニケーション力を,統合的に育成し保証する教育実践となっている。

グローバル化社会への対応として,本講座で特筆されるべきことは,講師陣として国際医療協力の専門家を特任講師としているに止まらず,基礎医学,臨床医学の分野を担当する講師をタイ王国と米国から招聘していることである。具体的には,例えば「模擬実習」を担当するPSUからの2名のレジデント医師は,移植の是非に関する議論の場面で,判断基準についてタイにおける場合を提示し,受講生に日本の場合との対比により,世界の多様性を文化・社会背景の相違の観点から考察・意見交換する好機としていた。また,「臨床医学(診断学領域,Doctor-Patient Interviewsを含む)」においては,Project-Based Learning (PBL)形式で,症状の読解・聴解を基に診断をプレゼンテーションする活動,ならびにDoctor-Patient Conversationを,グループ単位で一役割を遂行する演習など,過度の負担を強いることなく国際的に通用するコミュニケーション力を,専門基礎知識と課題探求能力の進展を図りつつ,育成する授業展開をしていた。加えて「基礎医学(Biomedical Sciences)」のような知識授与に終始しがちな授業においても,担当講師のPSU教授は,肥満(Obesity)の機序について,タイ王国の疫学情報も提示し受講学生自身の肥満度測定を組み込み,国際比較を自分たちの問題として捉えさせた上で,一連の“何故か?”の問いに対する意見を述べ合うDiscussion形式のコミュニケーション活動を通して,専門基礎知識を,課題探求能力を育成しつつ,築いていた。

このような学習形態においては,‘Guessing’,‘Reasoning’,‘Explaining’,‘Convincing’ 等の思考とコミュニケーション技能が意識的に訓練されるものとなっている。また,講座全体の演習を中心とした教育方法は,英語教育学で言うところの双方向的,且つ多技能・多分野統合的な手法として効果が認められるものである。さらに,学習者の専攻領域を題材とするContent-Basedな教授法として,高度なコミュニケーション力育成に理想的なものと評価される(村田・原田2008参照)。


3.  医学・医療の専門職業人として,進行する国際化ならびに複雑化する社会構造と人間心理に対応するために欠かせない全人教育の側面を,専門教育に統合化している。

本項目については,先ず講座のシラバスで,前述の「国際医療救援協力」および「患者支援医療法(特に癌治療を目的とした精神療法)」が授業として組み込まれていることが,それを実証するものであろう。併せて,視察した「模擬実習」授業の題材の中で,各種の臨床検査実施の選択・判断を議論する場を通して,“医療倫理Medical Ethics”を課題として取り上げ,その定義をあらためて問いかけ意見交換する中で,その原理を‘Do no harm.’と結論付けていく過程に,また「臨床医学(Doctor-Patient Interviews)」授業の中で,医師役の学生へ患者の家族への配慮を促す教師のコメントなどに,具現化されていた。

 このような講座内容と授業内課題は,従来の日本の医学教育の中で体系的に取り入れられているとは限らない,または医学医療に関する専門基礎知識と連繋・統合した形で,殊に医学専門英語教育としては取り上げられる機会が少ないと観察され,先進的な教育実践として注目に値するものである。


むすび

 本プログラムを通して,学生は極めて貴重な学習体験を享受し,出席・参加時間に対して専門教育ならびに外国語教育において余りある成果を得ているとの見解に達した。プログラム企画・実施の成功の要因として,学部教育担当者らの熱意とそれぞれの専門性を起点とし国際的に相対化された世界観に基づき実践されてきた,過去数年にわたる海外提携校との連携教育の実績を看過することはできない。

<参考文献>

 村田久美子・原田哲男編著 (2008)『コミュニケーション能力育成再考―』ひつじ書房