私は1978年、九州大学医学部を卒業後、九州大学第一内科で2年間、研修を行ない、1980年、故郷である宮崎の医療の発展に貢献したいという思いで、宮崎医科大学第二内科に入局しました。
その後25年間、肝臓疾患の診療と研究一筋に携わってきました。
50歳の声を聞き、そろそろ大学でのご奉公も終わりかなと思っていましたが、縁があって、2006年1月1日付けで、医学教育改革推進センター(以下センター)の専任教授に就任し、医学教育という全く畑違いの世界に足を踏み入れ、今後は2内科という小さな枠ではなく、宮崎大学医学部全体の教育改革に取り組んで行く事になりました。
私はこれまでも、概説講義、ポリクリ実習、研修医指導などを通じて、医学教育に関わってきましたが、その教育理念は研修一年目にご指導していただいた、九大医学部第一内科の花田基典先生の臨床家としての心がけに基づいています。
すなわち、臨床医学は病気を抱えた患者さんを癒すための“医術”であると同時に“科学”であるという二点です。、前者の立場からは患者さんの立場になって考える事、訴えをよく聞く事、患者さんの情報をより正確にするために家族の方や看護師のカルテを見る事、後者の立場からは常に“考える内科医”を目指す事、最新の検査結果や先輩の下した診断に頼るのではなく、自分自身で診て、行った問診・身体所見や検尿・検便などをより重視する事でした。
センターに就任し、医学部学生の教育に深く関与する事になり、どのような教育理念で医学教育改革を行っていくべきか悩みました。最近、新聞やテレビなどでは、患者さんとのコミュニケーションを取れない、病気ばかりを診て、病気を持った患者さんを診る事ができない医師が増えている事が話題となっています。
さらに、医師の心ない言葉や態度で傷つけられる患者さん(ドクター・ハラスメント)が少なからず存在する事も報道されています。
全人的医療に対する社会や患者さんからのニーズは高まる一方ですし、日野原重明先生はcompassionate(思いやり、情け深さ)が医師の素質の中で一番大切なものであると強調されています。
郷土の偉人、高木兼寛は“病気を診ずして病人を診よ”の箴言を残されていますが、全人的医療が叫ばれている現代において、すべての医師が心に銘記すべき言葉と思います。
このような医療ができる医師を育成するためのキーワードとして、1)医療コミュニケーション能力の向上と2)患者さんの気持ちを理解できる(理解しようとする)気持ちを涵養させる事があります。
前者の目的のため、2006年度より模擬患者さん(SP)を育成し、2007年度より臨床実習にSP参加型医療面接を導入しました。
患者さんの気持ちを理解できる医師の育成には、患者さんから、直にどのような医療や医師を求めているのか、話しを聞く事は重要な事と思いますが、これまでの本学の医学教育ではその機会はありませんでした。
そこで、2006年度から、患者さん講話を「医学・医療概論」と「総合講義」に取り入れました。
私自身、患者さんの医療体験談を直接聞いたのは初めての経験でした。
ハッとさせられる話しばかりで、学生教育というより、私自身の医師としての鍛錬に役立っているような気がします。
医学教育改革推進センターに就任し、医学教育に深く関与する事になり、その責任の重さを思うと、どうしてこんな職を引き受けたのかと思った時期もありますが、 “まっ、いいか。なるようにしか、ならない。”という生来のいい加減な性格に従い、あまり深刻にならずに、できる事から始めようと考え、今日に至っております。