2 基 礎 教 育 等

生 物 学

【過去5年間の実績等】
1. 講座等の特色等
(1) 教育の特色等
 生物学は医学部教育または生命科学を学ぶための基礎科学として重要な位置を占めている。 しかしながら、 生物学教育に当てられる時間数には限りがあるので医学部教育を念頭に置きつつ、 一般社会人としての生命科学のレベルが確保できるようにするためには講義内容を厳選する必要がある。 また、 基礎教育科目としての生物学教育は高校における生物学の教育体制を意識したものでなくてはならない。 本学医学部に入学してくる学生の約半数は大学受験の関係で高校時に生物学をほとんど学んでいない。 生命科学に対する知識および基本的な概念をほとんど持ち合わせていないこのような学生が医学部における講義内容を理解するためには多大な努力が必要であると思われる。 そこで、 1年生対象の細胞生物学の講義は高校での生物学のレベルを考慮しつつ、 生命科学の基本概念が理解でき、 かつ、 学部の講義との橋渡しになるように配慮した講義内容とした。 平成8年度までの細胞生物学の講義は1年生全員を対象にして開講していたが、 平成9年度からは物理学概論Tとの協力のもとで、 センター試験で生物学を選択しなかった学生は1年生前期の細胞生物学Tの講義の受講を必修とし、 高校の生物学の教育内容を考慮しながら生命科学の基本事項を中心に教える講義内容とした。 1年生後期の細胞生物学2の講義では、 現代の生命科学を理解する上で必修の分子生物学の基本事項を容易に理解するために、 遺伝学の歴史を念頭に置きながら、 遺伝子の概念と遺伝子の機能的意義が理解出来るようにした。
 また、 高校までの生物学教育は知識偏重かつ用語の暗記に重点が置かれ、 論理的思考を重視した教育はあまり行われてはいない。 そこで、 2年生の発生生物学の講義では、 発生現象に見られる生命科学の基本的な事実を提示することで用語を理解し、 その事実から導かれる仮定および推論を提示し、 その仮定がいかにして実証されてきたかについて学ぶことを目標とした。 3年生の放射線生物学の講義は、 放射線医学に対する基礎教育として放射線生物学を理解し、 かつ、 広島や長崎における原爆被曝や東海村の被曝事故を通じて、 放射線被曝について客観的に評価できるようにした。
(2) 研究の特色等
 痛み刺激や神経切断により体性感覚に対する閾値が低下することはよく知られている。 この感受性の亢進は中枢神経系が可塑的変化を示したことによると推測されている。 この中枢神経系における可塑的変化は遺伝子発現の変化に起因し、 遺伝子の発現は転写因子により調節されているので、 この転写因子の発現機構を明らかにすることは神経細胞における可塑的変化を遺伝子レベルで説明するための手がかりになると考えられる。 痛み刺激および神経切断により転写調節因子である Fos や Zif/268が脊髄後角および三叉神経尾側核で発現することはよく知られている。 末梢組織に対する痛み刺激は脊髄後角や三叉神経尾側核に神経伝達物質を放出し、 また、 転写調節因子は痛み刺激を与えたその末梢組織を支配している神経線維の中枢投射部位に発現することから、 転写調節因子の発現には痛み刺激により放出される神経伝達物質が関与していると考えられている。
 しかしながら、 この転写調節因子の発現に、 どの神経伝達物質がどのように関与しているのかについての詳細な機構は未だ明らかではない。 そこで、 脳へ神経伝達物質のアゴニストを直接投与する方法と、 痛み刺激により放出される神経伝達物質の受容体に対するアンタゴニスト又はアンチセンスの前処理の効果を調べることで、 神経伝達物質と転写調節因子の発現との関係について検討した。
 アゴニストを脊髄に投与し、 転写調節因子の発現を観察したという報告はあるが、 信頼に値する方法は未だ確立されていない。 そこで、 三叉神経尾側核のレベルでアゴニストを脳表面から投与する方法を確立し、 この方法が有効な方法であることを確認した (永松、 麻酔科 小金丸)。 この方法を用いて、 神経伝達物質であるサブスタンス P やグルタメイトのアゴニストである NMDA や AMPA の投与により転写調節因子が濃度依存的に発現されることを明らかにした。
 種々の痛み刺激 (侵害性熱刺激、 侵害性機械的刺激、 侵害性化学的刺激) で誘発される転写調節因子の発現に対するグルタメイト又はサブスタンス P 受容体の関与を調べるために、 痛み刺激による転写調節因子の発現に対するアンタゴニストの効果について脊髄および三叉神経尾側核で検討した (池田、 大学院 オマール)。 さらに、 受容体を構成する遺伝子のクローニングが近年成功しているので、 この受容体遺伝子の mRNA に相補的な cDNA を作製し、 これを脳内投与することで受容体の発現を阻止することにした (アンチセンス法)。 しかし、 まだこの方法を in vivo の痛みの系を用いて成功したという報告がないので、 実験条件の設定から行い、 この方法が十分に有効であることを確立した (池田)。 この方法を用いて、 痛み刺激による転写調節因子発現に対する哺乳動物の3つのタキキニン受容体の関与について検討した。
2. 共同研究
(1) 学内 (他の講座等)
 他の講座との共同研究では、 それぞれの講座で興味があり、 かつ、 重要と思われる中枢神経系に発現する転写調節因子を指標にして研究することを基本としている。
 歯科口腔外科学講座との共同研究では、 口腔・顔面領域に痛み刺激を与えて三叉神経尾側核に発現する転写調節因子に関係している神経伝達物質の検討 (大田原)、 および三叉神経切断に伴う一次求心性線維の三叉神経尾側核における投射様態の変化について検討した (大学院 寺山)。
 麻酔学講座との共同研究では、 痛み刺激により脊髄後角に誘発される転写調節因子の発現に対するモルヒネ関連物質の効果 (中村、 小金丸、 大学院 立山) について検討した。 さらに、 神経因性疼痛のモデル動物を用いて、 神経因性疼痛の成立過程における NGF の効果、 および、 この動物が示す触覚に対する高感受性と転写調節因子の発現の関係に検討を加えた (小佐井)。
 精神医学講座との共同研究では、 パ−キンソンモデル動物を用いて、 麻薬関連物質による転写調節因子の発現について検討を加えた (石田、 橋口、 戸高、 桑原)。 さらに、 報酬系モデル動物を用いて、 転写調節因子の発現と神経伝達物質の関係について検討を加えた (石田、 戸高、 浜松医科大 中原)。
 生理学第一講座との共同研究では、 高張食塩水の脳内投与による室傍核および視索上核に誘発される転写調節因子の発現様態および機構について検討を加えた (加藤)。
3. 外部資金の導入状況
資金名 平成10年度 平成11年度
科学研究費 1 件 1 件
2,300千円 900千円

【点検評価】 (取組・成果 (達成度) ・課題・反省・問題点)
 本学での生物学教育の目標を設定する場合、 本学学生の高校での生物の履修状況を生物学教育にどのように反映させるのかは重要な課題の一つである。 平成8年度までは1年生全員を対象にした細胞生物学の講義を開講していた。 講義内容を生物未履修者レベルにしたため苦言を呈する学生がいた。 そこで、 平成9年度からはセンター試験で生物を選択しなかった学生だけを対象にした細胞生物学Tの講義を1年生前期に開講し、 生命科学を学ぶために必要な最小限の用語が理解できるような講義内容にした。 平成10年度までの放射線生物学の講義は3年生で開講していた。 3年生の講義の大部分が基礎医学のため学生の興味は基礎医学に偏りがちなので、 平成11年度からは2年生にこの講義を移動した。 学年全員対象の細胞生物学2及び発生生物学の講義は論理性を重んじた内容にしたつもりである。
 この期間を通して、 痛みにより誘発される転写調節因子の発現と神経伝達物質との関係について研究してきた。 他講座との協力で新たな方法を導入・開発することができ、 活発な研究活動ができたと思っている。

【今後の改善方策、 将来構想、 展望等】
 基礎教育としての生物学教育に対して、 平成9年度からは高校での生物未履修者を対象とした細胞生物学Tの講義を開講し、 平成11年度からは3年生で開講していた放射線生物学の講義を2年生に移動した。 これらの個々の改善はそれなりに成果をあげていると思っている。 平成3年の大学設置基準の大綱化によりカリキュラム編成の自由度はかなり増している。 しかしながら、 現実の基礎教育のカリキュラムは旧態依然のままで必修科目が多く、 必要単位数も多く、 医学部教育は6年間一貫教育と言いながら基礎教育、 基礎医学、 臨床医学と厳然と3つに大別されている。 6年間一貫教育を実現するためには、 これらの枠組みを取り払った新たな発想でカリキュラムを編成する必要があると思われる。
 現体制を維持することで今後も研究はそれなりの成果を得ることができると予想される。 脳に興味のある研究者とは学内でより積極的な協力体制を組み、 痛みの現象および臨床に興味を持つ国内外の研究室とは今以上に密な関係ができるように働きかけたい。

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