2 基 礎 教 育 等

数   学

【過去5年間の実績等】
1. 講座等の特色等
(1) 教育の特色等
  「数学」 (1年生前期) では、 微積分及び線形代数の基礎的理論を講義した。 理系の関連する科目 (「医学統計学」 「物理学」 等) で必要な数学が理解できるよう配慮し、 微分、 積分、 偏微分、 多重積分、 ベクトル、 行列、 行列式、 固有値等について講義した。 単に知識を丸暗記するのではなく、 直観的なイメージを持てるようになるべく多数の図を描いて幾何学的に説明するよう心がけた。 なお高校で 「数学 3」 の微分・積分を履修しなかった学生のため微積分の重要公式について補講した。
  「医学数学」 (1年生後期) では、 主として確率・統計を講義し、 簡単な微分方程式も説明した。 まず確率分布等の基本的な概念を学習し、 標本抽出で得られる確率変数が、 正規分布、 χ2分布、 F分布、 t分布等の分布に従う事を理解させた。 これを元に、 推定 (不偏推定、 最尤推定、 区間推定) 及び検定 (2群の母平均・母分散の検定、 適合度・独立性の検定等) について、 全て医学的な例を使って説明した。 更に、 相関係数と回帰直線、 分散分析、 主成分分析について簡単に解説し、 医学への応用例を扱った。 統計は特に誤用が多い点に留意し、 何故そういう手法を用いるのかという理由まで理解できるよう丁寧に講義した。 なお高校で 「数学 C」 の統計を履修しなかった者に対し補講を行った。
 以上の教育の特色は、 通常数学の教育で最も重視される論理の厳密性を多少犠牲にしてでも、 図や直観による分かり易い講義を目指した点である。 医学科の学生は数学科の学生と違うのであるから、 学生が将来医師等になった時に使える数学・統計を学べるように配慮したつもりである。
(2) 研究の特色等
 過去5年間は主として 「量子重力理論に於ける時間と確率の問題」 について研究して来たが、 平成10年度からは 「入試追跡調査」 に関する研究も行った。
 量子重力理論とは、 重力の古典論である一般相対論と場の量子論を融合したもので、 重力場の量子論の事である。 多くの人々による長年の努力にも拘わらず量子重力理論は完成には至っていない。 相対論は時空を4次元幾何学というカチッとしたものと捉えるのに、 量子論は確率的に運動を記述するユラユラしたものなので、 本質的に相入れない所が有るからと思われる。 その中心的な問題で最も深遠な物の1つが 「量子重力の時間と確率の問題」 である。 通常の量子重力理論の Hamiltonian をHとすると、 Dirac の拘束条件により宇宙の波動関数Ψや物理量 (observable) Oに対しHΨ=0や [H、 O] =0が要求される為、 Hamiltonian による時間発展が無くなってしまう。 又、 Wheeler-DeWitt 方程式が Klein-Gordon 型なので、 |Ψ|2が保存せず単純にこれを確率と考える事には無理が有る。 この他にも、 量子重力の時間の問題には様々な側面が有り、 世界中の人々が多くの解決策を提案して来たにもかかわらず、 未だ解決の方向性も分かっていない。 数学科では過去5年間、 これらの解決策のいくつかについて研究し、 量子重力の時間と確率についての理解を深めるよう努力して来た。
 量子重力に於ける時間の定義はまだよく分かっていないが、 半古典近似 (WKB近似) が成り立つ場合には時間変数 Tw が導入できる事が知られている。 しかし宇宙の波動関数Ψが波束の時、 例えばWKBの形の重ね合わせの場合には、 通常のWKB近似による時間 Tw は定義出来ない。 その場合に波動関数Ψ全体の位相から位相時間 Tp を定義し、 Tp が系の時間発展を正しく記述する変数である事を確認した (平成8年度)。  量子重力のもう1つの半古典的な時間として、 Ehrenfest の原理に基づくものがある。 質量の無い背景の scalar 場がある時に、 WKB近似、 Ehrenfest の原理による時間をそれぞれ顕に計算し、 宇宙の半径が大きい時両者が一致する事を調べた (平成7年度)。
 量子重力で保存する確率を定義する為に、 宇宙の波動関数Ψを演算子と見なしてもう1度量子化する 「第3量子化」 が考えられている。 これを利用して Kaluza-Klein の compact 化を統計的に説明する新しい機構を考案した (平成9年度)。  時間の問題の解決策の1つである 「発展する定数」 の例として、 2つの調和振動子の和の系で片方をもう一方に対する時計と考える試みが提案されている。 一方、 量子重力の Hamiltonian に於て重力場は負の符号を持っている。 実際 Hartle-Hawking 等の幾つかの宇宙 model は2つの調和振動子の差で書ける事が知られている。 そこで2つの調和振動子の差の系を考え、 負の符号を持つ方を時計と考えた。 物理的状態・演算子を求める為に coherent 状態に対する射影演算子の方法を用いて 「量子時計」 を調べ、 それによる時間発展は energy が大きいとき古典的運動と一致する事を示した (平成11年度)。 なおこの研究は Phys. Rev. D(2000)に掲載が決まっている。 この研究の特色は実際の宇宙 model に基づく初めての 「発展する定数」 に関する研究である事である。
 平成10年度は入試追跡調査を行った。 本学では平成2年度から、 5つの選抜区分によるユニークな入学試験を行って来た。 この入試成績と学内成績との関連を調べ追跡調査を行った。 解析に際しては、 先入観にとらわれたり恣意的な調査にならないよう、 全ての組み合わせを網羅して解析するよう心がけた。 単年度の少ないデータからではなかなか有意な結果が得られにくい事柄でも、 8年間の入学者800人の膨大なデータを様々な角度から解析する事により、 全体像を浮かび上がらせるのに成功した事がこの研究の特色と思われる。 この追跡調査結果の詳細は次の文献にまとめた。 大桑良彰:宮崎医科大学における入学者選抜の追跡調査 (平成2年度〜平成10年度)、 宮崎医科大学、 平成11年3月、 p.19−63。
2. 共同研究
(1) 学外 (外国、 他の大学等)
 平成8年度の、 宇宙の波動関数が波束の場合に対する位相時間 Tp に関する研究は、 宮崎大学工学部の北添徹郎教授と共同で研究を行った。

3. 国際交流
 平成9年3月20日から5月19日まで、 英国インペリアル・カレッジに滞在し、 この間に得られた着想と計算を元に、 第3量子化を利用して Kaluza-Klein の compact 化を説明した。

【点検評価】 (取組・成果 (達成度) ・課題・反省・問題点)
  「時間とは何か」 という現代科学の最も深遠な問題の1つに果敢に挑戦し (入試追跡調査の年を除く) 毎年、 原著論文という具体的成果を上げて来られた事は幸運であったと思われる。 但し、 「量子重力の時間と確率の問題」 という難問が一朝一夕に解けるはずがなく、 上記の研究では既存の解決策に少しずつ進歩を加えただけとも言える。 しかし、 このような小さな進歩でも論文として発表する事により、 世界中の人々と情報を共有し理解を少しずつ深めて行く事が最終的な成果に繋がるものと期待される。 (例えば、 「量子時計」 の論文を発表した直後に Louko, Montesinos, Ashworth, Hitchcock, Klauder という外国人専門家達から interesting 等という好意的な e−mail を受け取った。) 但しこれまでの段階では外堀を少しずつ埋めて行っている状態で、 本丸に直接切り込んで行けたわけではない。
 これは今まで誰も完全に成功した訳でなく大変難しい事ではあるが、 今後は何とかして問題の核心に少しでも迫りたいと希望している。

【今後の改善方策、 将来構想、 展望等】
  「量子重力の時間と確率の問題」 について、 これまでは国内には同様な研究をしている人が殆どいなく、 1人で悩んでいる事が多かったが、 平成13年度から山口大学に 「時間学研究所」 が開設されるそうである。 これは広中平祐氏の発案で、 物理学、 哲学、 心理学、 生物学等の多くの学問分野に跨って 「時間とは何か」 を研究し新しいパラダイムの創出を目指すものだそうである。 これは外部の研究者にも開かれたものにして貰えるそうなので、 共同研究者を探し更に問題の本質に迫った研究を行いたいと考えている。 その為にも 「時間の問題」 に関する複雑な概念を図解等により整理し、 多数提案されている解決策の関連を見極め、 出来れば自分なりの解決案も考案する事により、 何とか問題解決の糸口を掴みたいと期待している。
 又、 「入試追跡調査」 についてはこれまで1人で行って来た為、 余りにも負担が大きかったので来年度からは本学の菊井高雄助教授、 吉田悦男助教授と共同で研究を行う予定である。

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