1 医学部の理念・目標等

 本学の教育理念・目標は、学則第1条・目的及び使命として、「進歩した医学を修得せしめ、人命尊重を第一義とし、医の倫理に徹した人格高潔な医師並びに医学研究者を育成することを目的とし、医学水準の向上と社会の福祉に貢献することを使命とする」と定められている。
 この教育理念・目標に関しては、現時点で特に変更すべき所は無いように思われる。極めて表面的ながら、この5年間の本学の医師養成の実績、すなわち医師国家試験合格率や研究者の養成に関連する科学研究費採択の実績等から、本学の使命は一応の水準で達成されていると評価できるからである。

【過去5年間の概況とその点検・評価】
 ここで最近5年間の教育理念や目標に関わる事項について追加的に述べてみたい。
 教育に関する重要課題は先ず入学試験である。本学は平成2年度から平成11年度まで行ってきた5カテゴリー別定員制での入学後の成績追跡調査を行った。その結果に基づいて、理系・文系トップ10と指定調査書による選抜を廃止し、平成12年度から、前後期共にセンター試験75%以上、定員6倍を条件に一次選抜し、小論文、面接を行うことに変更した。その結果は今後の追跡調査で明らかにされるであろう。
 入学後の教育カリキュラムに関しては、医学の進歩に即応してカリキュラムは改変されるべきものである。事実、講義の年次配分、臨床実習などに随時若干の手直しが行われており、また、専門課程の学年制を維持して学力レベルを落とさないように努力しており、その成果が医師国家試験成績などに認められる。このように学部教育・研究上、現時点で緊急に問題とすべき重大課題が見当たらないことは、本学教職員・学生諸君の不断の努力によるものと評価したい。
 しかしながら少子・大学全入時代を間近に控え、幾つかの危機的問題は予想できる。例えば医師国家試験合格率低下による入試受験生の減少、学位取得率の低下による大学院生の減少、特定機能・高度先進医療や研修カリキュラム不備などによる附属病院臨床研修医の減少などである。これらが限りなくゼロに近づく時に、特定機能・研修病院等の指定の取り消し、大学院の廃止、そして大学閉鎖となって行くであろう。
 これらの危機回避のためには、まず現教授・助教授陣の意識改革、特に教育・研究能力の向上を図ると共に、適切な選抜による優秀な教授・助教授の任用を図るより他にない。
 そこで教授の選考方法を改善し、最終段階で3候補者の講演制度を導入、さらに平成12年度からは公開講演とした。その成果は確実に上がりつつあると思われる。将来的には現在の単純な公募制に加えて、必要ならスカウト制の導入も考慮されるべきであろう。また、助教授・講師の昇任や選考でも、常置委員会での書類選考のみでなく、講演、面接など考慮すべき段階にあるのではないかとも思われるし、全教官の任期制導入も早急に実施の方向で検討されるべきであろう。
 なお、平成13年度から看護学科が開設される予定である。開設されたら当然本学の目的及び使命を述べる学則第1条の修正が必要となろう。また、勝木司馬之助 初代学長の「1つ屋根の下で」との箴言も時代の流れの中で色あせたものになることも仕方のないことである。来年度には医学科、看護学科、そして両学科に共通の教養教育の3部のより一層の協調と独自性確保のために全学的管理運営体制の見直しが必要となろう。

【将来の展望】
 一般的に各大学が掲げる理念・目標は本質的には全世界の医学部に共通したものであり、その差は単に文章表現上の瑣末的問題にすぎないように思われる。
 大胆に来る21世紀を展望するときに、医学にせよ看護学にせよ以下に述べるように極めて重大な、その本質に関わる問題が浮上することを意識しておくべきである。
 大局的に20世紀は国家間の武力闘争に終始した。各国は富国強兵を是とし、原爆にまで到達した。来る21世紀は、ベルリンの壁や38度線の消滅など、従来の国の枠組みを越えた全地球的協調の時代になすべきである。もしもその協調が充分に機能しなければ人類は勿論、地球全体の破滅への道が開かれるからである。
 医学の目標も、20世紀では人の死との闘いであったが、21世紀では生との闘いとなるであろう。死との闘いに勝った結果として全人口は今や60億に達し、21世紀前半中に宇宙船・地球号の限界である100億を突破する見通しである。その時、人類と人類以外の全生命体との競合はさらに熾烈となり、無策のままに放置すれば、その終点には温暖化、環境汚染、人為的遺伝子混乱等による地球破滅しかないのではないかと危惧される。
 従って、21世紀には医学は先ず人口の抑制、すなわち人の生のコントロールという最も困難な課題と取り組まざるを得なくなる。そして医学の目的は一途な人命尊重から地球上の全生命体尊重へと変更されるであろう。その時、病原体でさえも、それは人類に取っての病原体であって、地球に取っては最悪の病原体である人類への対抗手段とさえ見なされることになろう。そして、医学は全生命体のための医学、すなわち生命学へ、さらに唯一生命体が宿る地球のための地球学へと進展すべきであろう。そこでは全てのサイエンスが統合され、病原体との共生という現在の理念では考えられないような理念が、ごく自然に認められているであろう。
 このような論理の展開の中では、冒頭の教育理念・目標は人類のみを視野においた20世紀の理念であって、永遠のものではないといえる。21世紀後半では、単なる医学から、学際的に広い視野を持った生命学、さらに地球学にまで拡大されるべきものであり、その時には、本学の医学教育の理念・目標は当然のこととして書き改められるであろう。

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