オーストラリア看護管理・地域看護研修報告

     看護部 副看護部長 中 城 妙 子 
 
研修期間:平成13年10月6日〜10月14日
研 修 地:オーストラリアのシドニー
研修病院:ホーンズビイ・クーリンガイ病院(地域看護)
       セントジョージ病院 (看護管理)
主  催:木村看護教育振興財団

はじめに
 今回、 シドニーでの 「地域看護」 研修の機会をいただいた。 折しも、 国の行財政改革の煽りで、 当大学も地域との連携強化・地域への貢献に取り組んでいる時期でもある。 高度先進医療を提供する大学病院が、 地域にどのような貢献ができるのか、 先進的なオーストラリアの実情を見聞することにより、 なんらかのヒントが得られるのではないかと期待し、 下記の課題をもって参加した。

@ 社会保障制度と地域看護システムの関係について知る。
A 病院と地域とのネットワークはどの程度進んでおり、 問題点は何か。
B @・Aから今後の看護管理に活かせるものを実践に移す。

 準備不足、 理解力不足で、 不十分な知識のままのまとめとなるが、 頂いた資料等も参考にしながら課題を中心に報告する。

オペラハウスとハーバーブリッジ


T. オーストラリアの社会保障と地域看護システムについて
 オーストラリアでは、 国民は所得の約30%を納税し、 その1.4%が医療費にまわされる。 医療保険は、 日本の皆保険にあたる 「メディケア」 と任意加入による民間保険の2本立てである。 「メディケア」 により公立病院での治療費は無料である。 しかし、 これだけでは医療費全体をカバーできる状態になく、 国民の約1/3は民間保険に加入している。 この保険のメリットは、 医師を選択できること、 手術待ちが殆どないこと等であるが、 加入率は3年前と殆ど変化はない。
 財政事情は、 日本と同じく、 高齢化の進展、 財政上の制約、 高騰する医療費等で医療・福祉に対する予算は逼迫している。 そのため連邦政府・州政府は、 入院・施設入所を極力避け、 在宅で可能な限り快適な生活が送れるように、 家族にも負担がこないように社会資源を有効に活用できるシステムを構築し、 医療費の抑制・福祉財源の切詰めを図っている。
 日本の特別養護老人ホームにあたるナーシングホームも、 一時、 次々と施設の拡大を図った時期もあったが、 現在では、 長期の施設ケアは厳しく抑制されている。
 主に高齢者の利用が顕著であるHACC (Home and Community Care)は連邦政府と州政府が率先して経営している。 このサービス提供対象は、 虚弱な高齢者、 若い障害者、 介護者であり、 目的も、 入院・施設入所を避けることにある。 具体的にはホームヘルプ・訪問看護・ケアマネージメント・配食・デイケア・住宅改善・送迎・庭作りアドバイス・リハビリテーション等、 土・日も休むことなく多様な主体により提供されている。
 病院は、 第二次医療提供の役割を担い、 日常的な医療や健康管理は一般医 (General Practitioner) が担っている。 患者は、 まず、 GP (一般医) の診療を受け→次に専門医→公立か民間病院へ入院ということになる。
 今回の研修病院のホーンズビィ・クーリンガイ病院は、 公立病院で、 入院医療サービスと、 専門職による地域ケアサービス (訪問看護・リハビリテーション・総合的ケアマネージメント等)、 健康教室などの保健サービスを提供する拠点になっている。 公立病院の予算は削減され、 高齢者数が増加しても費用の高騰は抑えられるために、 経営努力が強いられている。 この3〜4年で病院のベッド数は、 看護婦不足の影響もあり削減され、 平均入院日数も約5日→4.5日へと短縮していた。 入院日数の更なる短縮と再入院予防のため、 医療職が一丸となって地域在宅サービスに取り組んでいた。
 入院日数短縮のための具体的取り組みでは、 退院計画に専任で従事する看護婦が1名おり、 さまざまな病棟に入院している患者の退院計画に関わっている。 さらに、 早期退院を導くリハビリテーション退院チーム (看護婦・理学療法士・作業療法士) があり、 早期に退院させた上で、 患者の家庭を1ケ月訪問して、 在宅でリハビリを行う活動もしている。 ちなみに、 ここでは、 住宅の改造には、 作業療法士が関わる。 その他、 喘息・肺炎等、 冬季に集中して入院ニーズの高まる疾患に対しても看護職が1日に3〜4回訪問して、 専門医も参加して、 できるだけ在宅治療で乗り切る対策もとられている。
 看護職が活躍している訪問看護サービスは、 退院後4週間までを担当し、 それ以上長引くようであれば、 地域のコミニティーヘルスセンターにバトンタッチする仕組みである。 実際に見学したブルックリン・コミニティー・ヘルスセンターでは、 看護婦1人で約2,500人の住民を対象に昼夜を問わず、 孤軍奮闘していた (センターを訪れる住民とのやりとりを見ていると地域住民から非常に信頼されていることが伺えた)。
 また、 訪問看護にもついて行ったが、 患者も家族もリラックスしており、 ごく自然に訪問看護を受けていた。 看護婦は、 日本では看護業務ではない、 医行為も行っていた。 例えば、 股関節置換術後2週目の症例に対して、 訪問した看護婦は当然のように抜鈎 (40鈎)していたし、 入浴の許可、 次回の医師の受診日の決定等看護婦が指示していた。
 看護職の活動を見ていると、 日本 (特に大学病院) では、 医師数との関係もあるが、 「看護婦は……をしない」 あるいは、 「……してはいけない」 という枠があり、 業務を縮小しようという動きであるが、 ここでは、 むしろ拡大しているように思えた。 「できる能力があればする」、 あるいは 「させる」 というフレキシブルな合理性が感じられた。 看護婦が活き活きと自信を持って看護をしている理由がそこにあるように思えた。
 また、 特筆しておきたい事として、 連邦政府は、 1998年に介護者休息センターを設立し、 緊急な短期間 (6週間まで) の介護者支援を行っている。 諸々のサービスを無料で提供しているが、 なかでも6週間を限度として、 痴呆症の介護で眠れない介護者のために、 泊まり込みの訪問サービスをしたり、 緊急必要時2〜3時間以内にサービスを提供している。 この件に関しては、 私達を案内してくれたアメリカからの研修者も 「アメリカでは考えられないサービス」 と羨んでいた。 また、 車で買い物に連れて行ったり、 電話で様子を尋ねたり、 配食サービスの食事を車で届けたり等はボランティアが担っていた。 宗教の違いか、 教育の違いか分からないが、 今の日本では、 これほどの数のボランティアが活動することは期待できないように思える。
 以上のように 「入院→手術→リハビリ→在宅orナーシングホーム」 の流れを、 それぞれのチームが、 連邦政府・州政府の方針に沿って、 途切れることなく、 スムーズに連携を取りながら活動していた。 サービスを受ける国民も安心して地域で暮らせるし、 QOLも保障されているように見えた。


ホーンズビイ・クーリンガイ病院の
初期の頃の玄関
「地域看護」 研修のメンバーと通訳
(後列中央が中城副看護部長)


U. 病院と地域とのネットワークはどの程度進んでおり、 問題点は何か。
 病院と地域とのネットワーク化については前述した通りである。 日本よりも、 進んでおり、 問題点は気がつかなかった。 強いて言えば下記のことが気になった。

1) 公立病院のベッド数削減により入院待ち期間が長過ぎる
 例えば、 股関節置換術の患者は、 1〜1年半も入院待ち期間があり、 救急部門から病棟に転入するのに2〜3日待たなければならない。 これらのことは、 民間保険に入ると解決するが、 保険料との兼ね合いもあるのか、 前述したが加入率はここ数年横ばい状態である。

2) 専門職を目指す看護職が多く、 一般の看護職が不足しており、 このことが更に、 ベッド削減の誘因となっている。
 オーストラリアも労働条件がよくなく、 重労働という理由で看護婦になる人が少ない。 また、 特定のライセンスを持っていれば給料がよくなる (オーストラリアでは、 8年以降はいくら経験年数を重ねても給料は上がらない) ということで、 かなりの看護婦が専門のコースを目指すため、 一般 (内科・外科) の看護婦が少ない。

3) ボランティアに頼り過ぎている。
 日本では考えられないような数のボランティアによって、 かなりきめ細かな地域サービスが成り立っている。


V. 今後の看護管理に活かせるもの
 国の財政も方針も同じような国での研修であった。 違いは、 オーストラリアはすでに軌道に乗っており、 日本は介護保険制度ができて2年目で、 これからというところである。 実際の活動は、 地域の医療機関との棲み分け等もあり、 大学病院としてできることには限界がある。 しかし、 従来のように、 退院時 「サマリー」 一つで継続看護につなげているという考えは間違っている。 家屋の改善、 日常生活に必要な機器の調達等、 実際に生活ができる環境なのかどうかを確認して在宅へ送り出す必要がある。 今、 軌道に乗りつつある 「チーム医療」 の活用で、 ある程度実現が可能と思う。
 看護業務に関して、 看護職の将来を考えると、 もっと科学的な根拠を積み重ねて、 看護職ができる業務を拡大していく必要性を感じる。 看護婦ができる業務 (例えば、 静脈内注射、 点滴注射、 褥創の処置等) も医師がするものと決めているところもある。 このことがいろんな摩擦を生み、 人間関係を複雑にし、 看護業務量を却って増やしている。 思考回路は、 「これは看護婦がすることか?」 であり、 「自分ができることか?」 ではない。 結局、 自分の能力を潰しているように思える。 このようなことは、 日本 (看護職だけでなく、 国民) の将来にプラスになることなのか考えてみたい。
 今回、 施設内だけの狭い範囲のことに精一杯で、 日本の地域看護の実情を皆無と言っていい程知らないことが認識できた。 機会を作って、 地域看護の実際を見てみたいと考えている。


会食の様子 (右側が中城副看護部長)

おわりに
 アメリカの貿易センタービル崩壊に始まったテロ事件で、 全世界が報復戦争の話題で騒然としている中での研修であった。 無事日本に到着した時は、 正直ホッとした。
 今回で2回目のオーストラリアであったが、 実際に訪問看護について行き、 一般市民の家庭を見たり、 直接お話しをしたりして、 今まで表面的にしか見えてなかったオーストラリアが、 立体的に見えた気がした。
 このような貴重な研修を提供して下さった木村看護教育振興財団、 親身になってお世話して下さった研修病院のパティーさん、 ゲイさん、 一緒に研修した19名の仲間、 山口大学の栄木実枝看護部長、 忙しい中研修に出して下さった看護部管理室の皆様に深く感謝する。


目次