毎年、夏が近づくと、海での水難事故が多発します。宮崎県の海辺では、だし≠ニいう特殊な海水の流れが存在し、これを知らないため、あわてておぼれることも多いようです。
今回、日南市消防署の救急救命士の矢野敏広さんが、各消防署の署員の方々の協力を得て、だしについて調べてくださいました。だしとは、どういうものか、宮崎県でだしによる事故はどの程度発生しているかについて、まとめてあります。
日南市消防署救急救命士
矢野敏広
県立日南病院麻酔科・ICU
長田直人
内容
1.だし≠ツいて
2.宮崎県下のだし≠ノよる水難事故発生について(平成8年から平成15年まで)
※ 平成16年更新
だし(離岸流)とは?
だし=i離岸流)は、波打ち際から沖に向かう流れのことで、海水浴、サーフィン等を行う場合、溺れたり、沖合まで流されたりする事がある大変危険な流れで、毎年多くの事故が起きています。
海浜流
沿岸の波が砕けるあたりで、波が原因で起こる潮の流れを海浜流と言います。
海浜流の中で海岸線と平行な流れは、沿岸流と呼ばれ、沖に向かう流れは、だし(離岸流)と呼ばれています。
図1
図1,で青色の矢印は沖から波によって運ばれる海水を、緑色の矢印は沿岸流を、赤色の矢印は だし=i離岸流)を表しています
だし(離岸流)発生のメカニズム
図2
波は海水を岸に運ぶ力を持っており、この力によって岸近くの海面は沖よりも高く押し上げられるが、図2,のように波の高いところa,cと、低いところbが発生したとすると、波の高いところの岸A,Cでは、波の低いところの岸Bよりも、海面が押し上げられる量が多いので、海面の高低差が生じ、A,CからBへの流れが発生し、BではA,Cからの流れが沖へ向かって流れ出す、この流れがだし=i離岸流)と言われており、bの海底では、だし(離岸流)により砂が掘り下げられてa,cより水深が深くなっています。
(だし#ュ生→砂を掘り下げる→周りより深い→波が小さい→だし#ュ生‥‥ ∞ )
だし(離岸流)の発生しやすい場所。
通常、波は海岸に近づくと、大小様々な幅で砕け散ります。だしが発生しやすい条件は、遠浅の海岸で波が比較的高く、横に長く連なった、つまり、幅のある波が一気に砕けるところで、海岸線に正面から波が寄せる場合で多く発生します。
発生しやすい場所は、ほぼ固定しているようです。
だし(離岸流)の速さと幅と間隔及び発生形態。
沖に向かう流速は、波の高さにもよりますが、最高で秒速2mにもなり、だしの幅は10〜30m程度です。だし≠ニその隣の離岸流との間隔は、一般的には砕波滞幅(波が砕ける位置から波打ち際までの距離)の約3倍程度とされています。またその発生形態は波の高さや、海岸、海底の形状によって様々です。
参考: 2004年5月現在、100m自由形世界記録はオランダのピーター・ファンデンフォーフェンバンド選手が2000年9月19日シドニーで記録した47秒84で、100mの平均速度は秒速約2.09m、離岸流の最高と言われている速度とほぼ同じで、普通の人が泳いでもとてもかなわないスピードです。
だし(離岸流)の見分け方
だし=i離岸流)の発生している場所は、波が陸へ向かってくるとき、その部分だけ周りより波が小さく海面がざわついている(さざ波が立っている)ような感じになっています。しかし、この見分け方は、風がなく凪(なぎ)の状態でなければ、見分けることは難しく、それ以外では、濁りが沖に向かって延びている事も有ります。
だし(離岸流)に巻き込まれたときの対処法
だし=i離岸流)の発生する場所は一般的に遊泳禁止になっていますが、巻き込まれた場合は、慌てて岸に戻ろうとするとパニックになって体力を失い危険ですから、落ち着いて救助を待つか、泳力に自信のある人は岸に平行、若しくは岸に向かって斜め45度に泳いで、幅10〜30mのだし=i離岸流)から抜けると良いようです。
参考 図3のように、河口付近でもだし=i離岸流)に類似した流れが発生(特に大雨の後など)する事があるので注意が必要です。
図3
2.宮崎県でのだしによる水難事故について
平成8年から平成15年の8年間で、宮崎県内の消防署等が出動した水難事故件数は262件でした。この内60名がだし=i離岸流)による事故者と思われました。
宮崎市消防局管内 31名、 延岡市消防本部管内 0名
日南市消防本部管内 11名、 日向市消防本部管内 14名
串間市消防本部管内 0名、 消防本部管内東児湯 4名
宮崎県内でだし≠ェ発生した場所と被災者数
宮崎市消防局管内
日 時 | 場 所 | 状 況 | 年齢 | 性別 | 住所(県・市町村) | 傷病程度 |
平成08年06月02日 | 宮崎市 一ッ場海岸 | 水泳 | 14歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 中 |
平成08年07月07日 | 宮崎市 清武川河口 | サーフィン | 18歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 |
平成08年07月07日 | 宮崎市 清武川河口 | サーフィン | 16歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 |
平成08年08月11日 | 宮崎市 青島 | 水泳 | 25歳 | 女 | 福岡県 | 重 |
平成08年09月13日 | 宮崎市 木崎浜 | 水泳 | 18歳 | 男 | 宮崎県 高原町 | 死 |
平成08年10月02日 | 宮崎市 内海 | 水泳 | 34歳 | 男 | 宮崎県 清武町 | 死 |
平成09年08月22日 | 宮崎市 木崎浜 | 水泳 | 25歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 死 |
平成09年11月30日 | 宮崎市 青島 | 水泳 | 64歳 | 男 | ノルウェー | 死 |
平成09年12月30日 | 宮崎市 青島 | 水泳 | 30歳 | 男 | 大阪府 | 軽 |
平成10年01月18日 | 宮崎市 木崎浜 | サーフィン | 23歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 |
平成10年01月18日 | 宮崎市 木崎浜 | サーフィン | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 | |
平成10年05月24日 〃 |
宮崎市 木崎浜 〃 |
水泳 〃 |
17歳 16歳 |
男 男 |
宮崎県 宮崎市 |
無傷 死 |
平成10年07月26日 〃 〃 〃 |
宮崎市 木崎浜 〃 〃 〃 |
水泳 〃 〃 〃 |
24歳 25歳 23歳 24歳 |
男 男 男 男 |
宮崎県 延岡市 宮崎県 宮崎市 宮崎県 宮崎市 宮崎県 宮崎市 |
死 中 軽 軽 |
平成10年07月26日 | 宮崎市 清武川河口 | 水泳 | 14歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 中 |
平成10年08月14日 | 宮崎市 木崎浜 | サーフィン | 40歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 重 |
平成11年07月11日 | 宮崎市 木崎浜 | 水泳 | 12歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 死 |
平成11年07月14日 | 宮崎市 木崎浜 | 水泳 | 19歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 死 |
平成12年08月05日 | 宮崎市 赤江海岸 | サーフィン | 27歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 |
平成12年08月13日 | 宮崎市 赤江海岸 | サーフィン | 22歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 |
平成12年09月16日 | 宮崎市 清武川河口 | サーフィン | 17歳 | 男 | 宮崎県 清武町 | 無傷 |
平成12年09月16日 | 宮崎市 清武川河口 | サーフィン | 18歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 |
平成13年05月04日 | 宮崎市 赤江海岸 | ボディボード | 19歳 | 女 | 宮崎県 宮崎市 | 軽 |
平成13年06月17日 | 宮崎市 木崎浜 | 水泳 | 19歳 | 男 | 不搬送のため不明 | 無傷 |
平成13年07月04日 | 佐土原町 石崎浜荘東方海岸 | 水泳 | 30歳 | 男 | 福岡県 | 死 |
平成13年08月04日 | 宮崎市 清武川河口 | 水泳 | 61歳 | 男 | 福岡県 | 死 |
平成15年10月13日 | 宮崎市 大淀川河口 | サーフィン | 22歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 無傷 |
〃 | 〃 | サーフィン | 17歳 | 男 | 宮崎県 宮崎市 | 無傷 |
日南市消防本部管内
日 時 | 場 所 | 状 況 | 年齢 | 性別 | 住所(県・市町村) | 傷病程度 |
平成08年05月03日 | 日南市 梅ヶ浜 | サーフィン | 32歳 | 男 | 福岡県 | 軽 |
平成08年08月15日 | 日南市 梅ヶ浜 | サーフィン | 19歳 | 男 | 大阪府 大阪市 | 軽 |
平成09年06月13日 | 日南市 大浦海岸 | サーフィン | 35歳 | 男 | 福岡県 | 軽 |
平成09年06月14日 | 日南市 風田浜 | サーフィン | 23歳 | 男 | 鹿児島県 | 軽 |
平成09年12月08日 | 日南市 風田浜 | サーフィン | 22歳 | 男 | 大分県 | 軽 |
平成10年07月25日 | 日南市 伊比井浜 | 水泳 | 23歳 | 女 | 佐賀県 | 軽 |
平成12年09月24日 〃 |
日南市 伊比井浜 〃 |
水泳 〃 |
38歳 24歳 |
男 男 |
宮崎県 宮崎市 宮崎市(東京出身) |
軽 死 |
平成13年05月02日 | 日南市 梅ヶ浜 | サーフィン | 24歳 | 男 | 熊本県 熊本市 | 軽 |
平成14年10月26日 〃 |
日南市 梅ヶ浜 〃 |
サーフィン 〃 |
25歳 19歳 |
男 男 |
不搬送のため不明 鹿児島県 国分市 |
無傷 中 |
東児湯 消防組合管内
日 時 | 場 所 | 状 況 | 年齢 | 性別 | 住所(県・市町村) | 傷病程度 |
平成08年08月01日 | 高鍋海水浴場 | 水泳 | 35歳 | 男 | 宮崎県 高鍋町 | 軽 |
平成08年08月14日 | 高鍋海水浴場(遊泳禁止中) | サーフィン | 22歳 | 男 | 大阪府 枚方市 | 軽 |
平成12年08月12日 | 川南町 通浜 | サーフィン | 25歳 | 男 | 宮崎県 高鍋町 | 軽 |
平成13年08月27日 | 高鍋町 蚊口浜 | 水泳 | 21歳 | 男 | 宮崎県 高鍋町 | 死亡 |
日向市消防本部管内
日 時 | 場 所 | 状 況 | 年齢 | 性別 | 住所(県・市町村) | 傷病程度 |
平成09年07月24日 | 伊勢ヶ浜海水浴場南側 | 水泳 | 26歳 | 男 | 福岡県 | 軽 |
平成09年08月02日 〃 〃 |
伊勢ヶ浜海水浴場南側 〃 〃 |
水泳 水泳 水泳 |
15歳 12歳 12歳 |
女 女 男 |
宮崎県 日向市 福岡県 宮崎県 日向市 |
軽 軽 軽 |
平成11年08月10日 | 伊勢ヶ浜沖 | サーフィン | 20歳 | 男 | 福岡県 | 軽 |
平成13年07月07日 | 美々津町石並川河口付近 | サーフィン | 21歳 | 男 | 不搬送のため不明 | 無傷 |
平成13年07月29日 | 美々津中学校東方海岸 | サーフィン | 27歳 | 男 | 不搬送のため不明 | 無傷 |
平成13年07月29日 | 小倉ヶ浜海水浴場沖 | サーフィン | 20歳 | 男 | 不搬送のため不明 | 無傷 |
平成13年10月27日 | 平岩(太平洋ドライブイン付近) | サーフィン | 27歳 | 男 | 大分県 大分市 | 死 |
平成13年11月11日 | 小倉ヶ浜海水浴場沖 | サーフィン | 21歳 | 男 | 不搬送のため不明 | 無傷 |
平成14年04月06日 | 小倉ヶ浜海水浴場沖 | サーフィン | 41歳 | 男 | 福岡県 福岡市 | 死 |
平成14年07月28日 | 伊勢ヶ浜海水浴場 | 水泳 | 18歳 | 男 | 宮崎県 日向市 | 軽 |
平成14年09月16日 | 伊勢ヶ浜海水浴場(期間外) | サーフィン | 22歳 | 男 | 不搬送のため不明 | 無傷 |
平成15年08月15日 | 小倉ヶ浜海水浴場沖 | サーフィン | 24歳 | 男 | 広島県 大野町 | 無傷 |
※ 重症は、3週間以上入院加療を必要とした場合、
※ 中等症は、3週間以下入院加療を必要とした場合、
※ 軽症は入院を必要としない場合、
事故者を性別で分けると、女性5名と男性55名で、男性がほとんどでした。
状況別ではサーフィンが31名で、ボディーボードが1名、水泳は29名でした。
死亡者は、水泳が12名で、サーフィンが2名の合計14名、サーフィン中の死亡者が発生件数に対して少ない理由は、サーフボード(浮く)が身近に有った事で溺れることを免れたようです。(以前には、まる一昼夜漂流した末に救助された例もあるそうです。)
月別では海水浴シーズンの7月と8月に事故が集中し、年齢別で見ると18、19歳と22歳〜25歳の若者に事故が多く、体力的にも余裕のあると思われる年代でも、正しい知識が無いと 危険です!
考察
今回は、前回(平成8年〜平成12年)のデータに、新しい(平成13年〜平成15年)データを加え、離岸流という遠浅の海岸に特有な現象による水難事故で、宮崎県内の各消防機関に御協力を要請し、解答いただいた事例について調べましたが、統計上、日南市と日向市では県外者による発生率が高く(日南市では11名中8名が県外居住者、他の2名は県内居住者であるが内1名は東京出身、1名は不搬送のため住所不明。日向市では14名中県外居住者6名で県内居住者3名、5名は不搬送のため住所不明。)、宮崎市と東児湯では地元住民が多い傾向でした(宮崎市では31名中5名のみ県外居住者。東児湯では4名中県内居住者3名、県外居住者1名)と言う結果でした。( 注 : だし≠ノよる事故は、警察や消防に通報されなかった事例等を加えると、今回計上した発生件数以上に発生していると思われます。)
日南市と日向市の海岸の多くは、国道などの主な幹線道路に隣接している為、サーフィン目的等の旅行者が通り掛かりに危険を認知せずに海に入り、事故に遭っている一方、地元住民は離岸流についてよく理解している為、事故に遭う事が少ないと思われました。
宮崎市と東児湯では海岸に隣接した(海に入り易い)幹線道路が少ない事に加え、海岸への入り口も分かり難く、観光地の青島等を除いて、地理的に不案内な旅行者等が単独で海岸を訪れることは少ないと思われた為、県外居住者の事故が少ないと推測しました。
宮崎市在住者に死亡者が多かったことは、海に接する機会の少ない宮崎市民がだし≠ノついての知識が無い結果か、若しくは「自分は大丈夫」と言う認識の甘さによるものと思われました。
また、平成8年8月1日の高鍋海水浴場での海水浴客による事故は、安全と思われている海水浴場でも、だし≠ェ発生する事を示しており、同年8月14日同海水浴場でのサーフィン中の事故は、台風が九州に上陸したときのことでした。
延岡市近郊でだし≠ノよる事故事例が無かった原因としては、延岡市の海岸はリアス式が多く一般的に波が穏やかな為、だし≠ェほとんど発生しないようです。
串間市では、都井岬の西側に位置した代表的な高松海水浴場のように、太平洋側からの波が入りにくい為、だし≠ェ発生しないようです。また、串間市住民は太平洋沿岸の遊泳禁止地域でのだし≠ノついて理解している為、水難事故が少ないと推測されます。
予防策
何事も「自分だけは・・・!」と言う考えは大間違いです。『だし≠ニは何か?』を正しく理解し、@だし≠フ発生しそうな(している)場所には近づかない。Aだし≠ノ遭遇したならば、正しい知識で対応する。Bだし≠ノついて知識のない人には、『だし≠ニは何か?』を周知させる。以上の事が大切です。
最後に、このページをより多くの人々に見ていただくことにより、少しでも水難事故の被災者が減少することを期待します。
参考資料
海の雑学2のホームページ
宮崎県内の各消防署、宮崎県警察、宮崎大学医学部 医療情報部、日南市役所環境保健課、以上の方々に協力していただきました、ありがとうございました。