篠懸会の皆様におかれましては、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。多くの篠懸会の皆様がご存じのように、松尾壽之名誉教授は、宮崎医科大学の生化学教授ならびに学長をお務めになり、生理活性ペプチド分野では、世界的に顕著な研究成果をあげられました。そこで、宮崎大学医学部では、松尾先生の功績を称える顕彰事業を実施することになりました。同事業の一つは、若手研究者のための「松尾壽之賞」の創設であり、もう一方が、「松尾壽之名誉教授功績展示ブース」の開設です。前者では、優れた医学研究成果をあげた若手研究者を、さらなる研究発展を奨励するために表彰します。後者では、医学部図書館に、松尾先生の研究のご業績を紹介するブースが設置されました。2021年9月24日に、松尾先生、池ノ上学長、片岡医学部長、および関係者が参列し、同ブースのオープニングセレモニーが執り行われましたので、その様子をご報告します。

オープニングセレモニーでは、初めに、池ノ上学長からご挨拶がありました。学長は、イタリアのボローニャ大学は、ヨーロッパ最古の大学と言われており、同大学に、「困難に直面したら歴史に学べ」との言い伝えがあることを引用されました。本ブースに展示された数々の業績は、値千金(あたいせんきん)の歴史であり、今後、若い研究者や学生が、困難に直面した際は、是非、このブースを訪れて松尾先生の足跡をたどり、未来の我々が向かう道を見出して頂きたいと述べられました。

次に、松尾先生からお言葉を頂き、黄体化ホルモン放出ホルモン(LH-RH)の単離同定に関するお話しがありました。松尾先生とシャリー博士1)が、ブタ16万5000頭分の視床下部を用いて、LH-RHの単離・構造決定に成功したこと、ならびに、当時の競争相手ギルマン博士2)は、後に松尾先生の研究を高く評価し、宮崎医科大学を訪問して講演をされたことについて、お話しされました。シャリー博士とギルマン博士は、ノーベル賞を受賞しましたが、その陰には、松尾先生の大きなご貢献があった訳です。このようなLH-RH発見の経緯について、生化学の講義で拝聴した微かな記憶がありますが、今回、松尾先生から直接お話をうかがい、あらためて感銘を受けました。

片岡医学部長(現、大学理事、昭和57年卒)からは、松尾先生顕彰事業の概要説明がありました。片岡先生は、松尾先生が主宰された生化学研究室において、世界的に高レベルの研究が行われていた雰囲気を、本学の在学生や卒業生に、将来に渡って伝えたいと考えておられたそうです。そこへ、折しも、北村特別教授(昭和55年卒)より、松尾先生の貴重な研究資料の保管方法について、片岡医学部長へご相談があり、この度の展示ブース設置計画が具体化したとのご説明がありました。その後、関係者によるテープカットが行われ、オープニングセレモニーは、滞りなく終了しました。

セレモニー終了後、サプライズが待っていました。オープニングセレモニーが行われた9月24日は、松尾先生の93歳のお誕生日なのです。松尾先生が宮崎医科大学の生化学教授でおられた当時、松尾先生の秘書をされた福屋さん(現、医学部総務課)より、お祝いの花束が贈呈されました。新型コロナウイルス感染拡大のなか、神戸にお住まいの松尾先生を、宮崎にお招き申し上げることは、御年も考慮すると差し控えた方が良いのでは、との意見もありました。しかし、松尾先生自ら、奥様と共においで下さり、お元気なお姿を拝見できたことは、関係者にとって大きな喜びでした。

本ブースの展示内容の一部をご紹介しますと、松尾先生からお話しがありましたLH-RH構造解析に加えて、ナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNP、CNP)発見の歴史も紹介されています。LH-RH構造決定は、前立腺癌の治療薬(リュープリン)等の開発につながり、ANPとBNPは、治療薬や診断薬として、心不全の診療で用いられています。最近、ANPとBNPの効果増強作用とアンジオテンシン拮抗作用を併せ持つ薬剤が、慢性心不全の治療薬として登場し、欧米と日本の心不全治療ガイドラインが書き換えられました。さらに今年、その薬剤が、降圧薬としても承認されました。松尾先生らのご研究の素晴らしさや医学への貢献度の大きさを、あらためて認識させられます。

末筆になり恐縮ですが、オープニングセレモニーに際して、篠懸会より立派なお花を頂きました。有り難うございました。さらに、冒頭にご紹介しました松尾壽之賞へ、寛大なご寄付を頂いておりますことを、心より御礼申し上げます。本学における若手研究者の医学研究の活性化に向け、今後とも、ご支援の程よろしくお願い申し上げます。展示ブースでは、松尾先生の研究のご業績のみでなく、数々の受賞歴も紹介されています。いつの日か、松尾先生がノーベル賞を受賞されて、追記がなされることを心密かに祈りつつ、今回のご報告とします。

人物説明
1)シャリー博士:Andrew V Schally、米国ルイジアナ州ニューオーリンズ、チューレン大学医学部の研究者、1977年ノーベル生理学・医学賞受賞。
2)ギルマン博士:Roger Guillemin、米国カルフォルニア州ラホヤ、ソーク研究所の研究者、生理活性ペプチドの研究分野において、シャリー博士と壮絶な研究競争を繰り広げたことで有名。1977年、シャリー博士と共に、ノーベル生理学・医学賞受賞。

<展示ブース>

ショーケースには、松尾先生手書きの研究費申請書、ANP特許申請書等が展示されています。

文責:フロンティア科学総合研究センター
生理活性物質研究部門 教授
加藤 丈司(4期生)