砒素と人類との関係は、紀元前から始まる長い付き合いがあります。初めは顔料として、ときには薬として使用されました。また暗殺用の毒として使用されたこともあります。長い歴史にもかかわらず、砒素が人体にどのような影響を与えるかは、あまりわかっていません。
宮崎県の土呂久地区は、土呂久川を中央に狭い渓谷を形成しています。かつて砒素鉱山があり、1920年から40年間、亜砒酸ガスの飛散により慢性砒素中毒患者が生じました 。多くの患者は熱さや痛みがほとんどわからないまでの著しい感覚障害を患い、容易に火傷や怪我を被りやすいことに苦しんでいます。現在でもその苦悩は続いています。
1973年に、この地区の住民検診が開始され、宮崎大学神経内科診療グループは40年以上に渡り、慢性砒素中毒後遺症の経過を追った研究を進めてきました。この研究の中で、最終暴露から40年経った現在においても、中枢神経系のシグナル伝達に障害が存在することを世界で初めて実証しました。また、末梢神経障害が長い経過の中において、神経線維の径により経過が異なることを報告しました。
土壌に砒素が普遍的に存在する地域があります。飲料水の確保のために大量の地下水の汲み上げ、またレアメタル確保のための開発などを通じて、爆発的に砒素暴露地域が増えています。土呂久研究で得られた新しい知見は、慢性砒素中毒による神経障害を診断する礎となっています。世界の膨大な砒素中毒患者の正確な診断と診療に欠かせない情報を発信しています。
Mochizuki. Arsenic neurotoxicity in humans (review). Int J Mol Sci 20 (14), 3418 (2019)
NHK宮崎「みやざき熱時間」にて、当科の活動が紹介されました(2019年10月18日)