部長挨拶

荒木先生写真 修正② (1)

  初代医療情報部長である吉原博幸は、大阪大学基礎工学部を卒業後、昭和49年設立された宮崎医科大学医学部に1期生として入学し、昭和55年3月に卒業した。学生時代から工学系の知識を活かして、当時未踏の分野であったコンピュータによる生体制御シミュレーションに取り組み、昭和59年3月同大学大学院医学研究科において医学博士を取得した。昭和60年6月に宮崎医科大学大学医学部助手、兼任講師となった。今では社会インフラとして根付いているインターネットの商用サービスが始まったのは昭和63年であるが、宮崎医科大学へのLANやインターネットの導入にいち早く取り組み、MedlineのCD-ROMをLAN経由で利用できるなどのIT化に大きく貢献した。また、平成6年4月、宮崎県内のインターネット環境がほとんど未整備な時代に、県内の大学・高専を中心に、インターネットを利用したコンピュータネットワークを構築・運用する目的でMAIS(Miyazaki Area Internet Society)を設立し、宮崎地域のネットワーク技術の向上・普及に大きく貢献した。

  二代目医療情報部長である荒木賢二は、昭和52年3月に大阪府立大手前高校を卒業し、同年4月に宮崎医科大学に4期生として入学し、昭和58年3月に卒業した。

  この2名は、病院情報システムの導入においても主導的な役割を努め、昭和63年9月ホストコンピュータ導入、平成元年7月移動オーダー(初のオーダリング)を開始し、その後の病院IT化の基礎を築くとともに、全国レベルでオーダリングシステムや電子カルテシステムの普及に尽力した。

  これらの実績が文部省に認められ、平成6年5月に新設の医科大学では早期に宮崎医科大学に医療情報部が設置された。吉原は、平成7年4月に宮崎医科大学医学部附属病院教授に昇任し、平成7年7月に初代の医療情報部長に就任した。荒木賢二もまた平成9年11月に医療情報部講師となり、吉原の移動後、平成13年10月に医療情報部教授となった。

  われわれは、医療情報の交換/共有に関する功績も甚大である。医療情報交換規約を検討する全国レベルの研究会であるSeaGaiaミーティングを設立し、平成7年5月に宮崎のSeaGaiaで第1回が開催された。ここに集まった若手(当時)研究者の多くは、現在、日本の医療IT化の第一線で主導的立場で活躍している。本研究会が中心となって、医療情報交換規約(MML)の開発に着手し、平成10年に最初の構想を発表し、その後、平成14年4月に特定非営利活動法人メドエックスエムエルコンソーシアムを設立し、日本の医療情報標準化を主導している。

  医療情報の標準化だけでなく、実際に医療情報を共有するネットワークの開発、導入にも先駆的役割を演じている。平成13年には、全国に先駆けて本格的なEHR(生涯カルテ)システムである「はにわネット」を宮崎県に導入した。「はにわネット」と同じドルフィンシステムは、熊本(ひご・メド)、京都(まいこネット)にも導入されている。これらのICT基盤整備の実績を高く評価され、平成27年には、「千年カルテプロジェクト」がAMEDに採択された。同プロジェクトは、全国にEHRを普及させるとともに、収集した医療情報を臨床研究等の2次利用に活用するもので、日本の国家プロジェクトとして現在推進中である。
  以上のように医療情報部は、日本の医療IT化に邁進し、さらに、宮崎大学医学部附属病院の運営に尽力した。

  今後も、医療情報の共有、分析、利活用の全てのシーンで、全国レベルの活動を推進していく所存である。