宮崎大学 医学部 内科学講座 神経呼吸内分泌代謝学分野(第3内科)

研修案内

基礎と臨床研修

1.基礎研究についてのご案内

研修医の先生方におかれましては、日々の臨床研修に熱心に取り組まれ、充実した日々を送っていらっしゃることとお慶び申し上げます。現在送られている臨床医としての研鑽の道の先にある選択肢、基礎研究についてご案内いたします。

基礎研究という言葉はどちらかというと敷居が高く、取っつきにくいイメージがあるのではと思います。実際のところ基礎研究は、臨床に勝るとも劣らず非常に奥が深く、臨床と同等に様々な知識と技術の習得が必要であり、やりがいがある分野です。また、臨床以上に自分の考え方や、自分で行った実験内容、技術が正しかったかどうかを完全に反映してそのまま結果として返ってくる、とてもタフな仕事です。例えるならば研究者は登山家や冒険家に似ていると思います。ピペットマンというピッケルを持って、論文という名のコンパスを持ち、一歩一歩山を登っていく感じです。一歩一歩自分の手で登っていくのは地味でつらい作業であり、足を踏み外したり、道を間違えたりすることは多々あります。それでも、自分の足で山頂に達し、自分が世界で初めてある事象を発見したときに得られる達成感、それを第三者に認めてもらえたときの喜びは、なかなか他では得られないものがあります。またそれが未だ解明されていない疾患の原因や、新しい治療につながることを考えると、ものすごく素晴らしいことと思いませんか。

長い人生の中で、将来的に臨床医として広い視野と、物事を論理的に思考する技術を身につけるために、大学院に進み基礎研究をやってみるというのはいかがでしょうか。当教室が担当している神経疾患、呼吸器疾患、内分泌疾患、代謝疾患には難治性のものが多く、まだまだ解明されていないことが山のようにあります。より良い治療法をみつけたい、今この世の中でわかっていないことを自分の手で解明してみたい、おもしろそうだなと少しでも研究活動に興味が湧いてきたという方は、ぜひご連絡、ご相談ください。ぜひ私たちと一緒に誰も登ったことのない山を登ってみましょう。

具体的に、当教室では後期研修後に大学院での研究活動を行うことを一つの選択肢として推奨しています。大学院に入学した後は、研究指導医のもとで、日々のディスカッションを行いながら研究課題について検討を進めていきます。また、1回/1~2週の割合で、研究の進捗状況を発表するデータカンファレンスと抄読会を行います。約2~3年の期間で実験をまとめ、論文作成、学術誌に投稿、採択までが大まかな流れです。その過程で将来的に臨床医として必ずや役立つ、いろいろな事象を論理的に考える習慣や、広い視野が自ずと身についていくと思います。当教室では研究成果の発表を国内の各学会での学術総会をはじめ、海外の学会でも積極的に行っています。また、希望者には国内や海外への留学も積極的に斡旋しています。


私たちの論文が、「American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine」
に掲載され、同誌の表紙を飾りました。

European Respiratory Society Vienna 2012
AmericanDiabetesAssociation(2014,SanFrancisco)

続いては、現在当科で行っている基礎研究についてご紹介します。
下記のように、当教室の特色を生かし多角的に、多疾患にわたって臨床に直結できる研究を推進しています。

(1)神経グループ

神経疾患の総括的な病態解明の研究

体性感覚誘発電位、瞬目反射などの回復曲線法を利用した神経疾患の生理学的の病態解明を行っております。磁気刺激法の組み合わせにより大脳皮質間の連絡経路の障害を検出することが可能で、脳血流、脳代謝との関連、遺伝子検索、病理学的所見との関連など、地方大学では大学内の交流が密であるメリットを生かした神経変性疾患の総括的な病態解明に積極的に取り組んでおります。宮崎県特有の疾患であるHTLV-1関連脊髄症、家族性アミロイドポリニューロパチーの研究も多角的に行っております。

新規ペプチドによる摂食調節とエネルギー代謝機構の研究

当科が開発当初から発展に寄与してきたグレリンは胃から発見されたペプチドで、グレリンの持つ幅広い生理作用の解明や、NPYなどの摂食調節ペプチドの機能解析が進められております。臨床応用としては、当科において呼吸器グループ、内分泌・代謝グループと協力しながら、末梢神経障害、廃用性筋萎縮症、慢性呼吸不全、カヘキシアの改善に有効であることを証明してきました。筋萎縮症、体重減少を伴う神経・筋疾患の治療法開発を目指しています。

砒素中毒が神経系に与える影響の研究

世界の中では、急速に砒素暴露地域が増えています。しかしながら、慢性砒素中毒の神経系に対する障害はあまり解明されておりません。我々の研究は、高千穂町土呂久地区における住民検診を通じて得られたデータに基づき慢性砒素中毒の神経障害を明らかにしていくことで、慢性砒素暴露40年経った時点までの後遺症評価を実施しております。これまでの知見で示唆された中枢神経系の障害について、形態学的手法・脳機能画像を用いて検証しております。また、動物実験を通じて砒素中毒が神経系に与える影響を明らかにし、有効な治療法開発を目指します。

磁気刺激法を用いた研究

経頭蓋磁気刺激は1985年に英国のBarkerらが開発した方法で、皮膚表面から数cm以内の脳組織をほぼ無痛で刺激できます。臨床の現場では、検査としての一面があり、運動誘発電位による中枢運動伝導時間を測定します。反復磁気刺激法は、中枢神経系の興奮性を持続的に変化させることができます。刺激部位に対して、刺激後も持続する抑制・促通効果をもたらすことが示されており、近年多くの神経・精神疾患の治療に応用されつつあり、この手法を用いて大脳皮質間の連絡線維密度、脳可塑性の研究を行っております。

(2)呼吸器グループ

癌抑制遺伝子Ptenの呼吸器疾患での病態生理学的意義

肺の上皮細胞で特異的に癌抑制遺伝子Pten(phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome 10)を欠損させたコンディショナルノックアウトマウスを用いて、肺線維症、肺癌などの疾患モデル動物を作製したのちに、invivoで形態学的評価、分子生物学的解析を行っています。さらに、モデル動物からの肺上皮細胞や肺線維芽細胞の初代培養や、遺伝子導入した細胞株を行い、invitroでの機能解析を進めています。

生理活性ペプチドの呼吸器臨床応用への検討

呼吸器班ではARDS、肺線維症、肺癌、気管支喘息などの疾患動物モデル、グレリンやグレリン受容体欠損マウスを用いて、呼吸器疾患におけるグレリンの病態生理学的意義を解析しています。基礎研究で得られた知見をもとに、肺癌、慢性下気道感染症、COPDへの薬剤介入試験を実施した実績があります。難治性呼吸器疾患に対する新たな治療法としての臨床応用を目指しています。

肺癌における尿中早期診断マーカーの探索
(文部科学省 次世代癌研究シーズ戦略的研究プログラム)

肺癌は鋭敏かつ非侵襲的な早期診断マーカーが無いことが、根治可能な肺癌の発見が困難である一因です。呼吸器班では多施設共同研究の代表施設として、肺癌尿中早期診断マーカーの候補を探索しています。

(3)内分泌グループ

生理活性ペプチドの機能解析

当教室では、グレリンなど種々の生理活性ペプチドの機能解析、および臨床応用を目指した基盤研究に取り組んでいます。最近では、国立循環器病センター研究所、大阪大学や昭和大学等との共同研究により、視床下部に局在し抗利尿ホルモンの分泌を抑制する新規生理活性ペプチドNERP(neuroendocrineregulatorypeptide)-1,NERP-2を同定しました。現在、その分泌抑制機構やヒト病態での変動について解析しています。

大学院生実験 大学院生実験

(4)代謝グループ

膵β細胞糖脂肪毒性の分子機構と薬剤による調節

糖尿病患者では、特に肥満した症例では、膵β細胞が高血糖と遊離脂肪酸に暴露される結果、細胞内酸化ストレスが亢進しアポトーシスが惹起され、膵β細胞数の低下を招くと考えられています(糖脂肪毒性)。当教室では、マウス膵島の初代培養細胞やβ細胞株を用いて、invivoの膵β細胞糖脂肪毒性モデルを確立し、その分子機構を生化学的あるいは分子生物学的手法を用いて解析しています。また現在糖尿病治療薬として用いられているインスリン抵抗性改善薬や降圧薬のアンギオテンシンII受容体拮抗薬、さらに新しい糖尿病治療薬として期待されているインクレチンの膵β細胞糖脂肪毒性に対する効果とその分子機構を研究しています。

当教室の活動に少しでも興味を持たれた方はぜひご連絡、ご相談下さい。意欲あふれる先生を心よりお待ち申し上げます。

新規神経ペプチドによる摂食調節とエネルギー代謝機構の研究

近年、肥満者の増加と肥満を基礎にして発症する糖尿病・脂質代謝異常、高血圧症などの肥満症やメタボリックシンドロームを呈する患者数が増加しています。グレリンは胃から発見されたペプチドで、摂食亢進や体重増加、消化管機能調節などエネルギー代謝調節に重要な作用を持ち、今まで知られている中で唯一の末梢で産生される摂食促進ペプチドです。肥満や摂食障害などの病因におけるグレリンの意義も解明されつつあります。当教室では、グレリンの持つ幅広い生理作用の解明や、NPY等の摂食調節ペプチドの機能解析を進め、ペプチドそのものや受容体のアゴニスト、アンタゴニストといった新規の抗肥満薬の開発や実用化を目指しています。

CRESTプロジェクト

当教室の中里雅光教授が研究代表者として平成26年度のCREST 外部リンクに採択されました。

CRESTは、「我が国の社会的・経済的ニーズの実現に向けた戦略目標に対して設定され、インパクトの大きなイノベーションシーズを創出するためのチーム型研究です。戦略創造事業のうち、全体の規模としては最大で、複数の山々がそびえ立つ八ヶ岳のように、1つの領域に強力な研究群団が並び立ち、国の政策実現に向け研究を推進します。」という理念の国家的なプロジェクトの一つであり、5.5年の長期研究計画になります。

これから、自治医科大学学長の永井良三先生が総括する「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」領域で、宮崎大学農学部学部長村上昇先生と国立循環器病研究センター研究所の宮里幹也部長との共同研究で「自律神経・ペプチド連関を基軸とするエネルギー代謝と免疫制御機構の解明」を研究課題として進めていきます。

2.臨床研究についてのご案内

第三内科では、臨床医と研究者の双方の資質をもったフィジシャン・サイエンティスト(医師であるとともに研究者でもある専門家)の育成を目指しています。

基礎生命科学における日本の研究が世界的な注目を浴びていることとは対照的に、わが国の臨床研究、特に、多くの患者さんのデータを扱う大規模な臨床研究は欧米に比べて著しく遅れており、ドラッグラグや知的財産の不十分な運用が国家的解決事項となっています。

個人の創意と努力で達成することが可能な基礎研究と異なり、臨床研究は患者さんの協力を得て、医師、研究者のみならずリサーチナース、臨床研究コーディネーター、データマネージャー、生物統計家などと呼ばれる専門家がチームをつくって取り組む必要があります。

第三内科ではこのチームの核となる優れたフィジシャン・サイエンティストの養成を目指して、臨床研究における若手医師研究者のスキルアップを積極的に支援しています。医学・医療の本質とも言える、「ヒトのもつ生物学的多様性の理解」を念頭において一例一例を注意深く観察することが最も重要な研究スタイルと位置付け、積極的に症例報告を勧め、若手医師研究者にインセンティブとして「優秀論文報告賞」を設けています。また、神経内科・呼吸器内科・代謝内分泌の領域で、介入試験やアウトカム研究、観察研究、遺伝子疫学など幅広い臨床研究での成果を上げてきました。全国の医療機関とネットワークを形成し、多施設研究に参加して県外の研究者と議論を重ねることで若手医師研究者の研究マインドを育成する大きな推進力になっていると考えています。また、臨床研究において臨床疫学や生物統計学の専門的知識の重要性は高まっており、生物統計セミナーやデータマネージメントへの研修参加や疫学研究の国内留学を積極的に支援しています。

当科ならではの臨床研究としてペプチド創薬研究があります。従来の治験とは異なり、新規の生理活性物質を創薬へ展開するための、「橋渡し研究」です。Proofofconceptに始まり、プロトコル作成、トランスレーショナルリサーチの実践、さらに産学連携による特許申請など、習得できるスキルは広範囲に及んでいます。本邦で2件目となる医師主導治験によりドラッグデリバリーシステムの開発を円滑に実施できたことは、薬剤開発研究に必要な態勢を教室一丸となって構築してきた結果と考えています。また、若手医師研究者が実際に新規生理活性物質をヒトに投与して臨床的有効性を実感することは、他の医療機関では経験できない独創的な教育方法であり、新たな医療の創成を実体験することができます。教室の臨床研究の一部は、現在、厚生労働科学研究として助成を受けており、国家的な事業として成果達成が期待されています。

現在、専門細分化された医療がもたらす課題を乗り越えるため、高度に教育されたフィジシャン・サイエンティストが求められています。症例報告から薬剤開発研究、大規模臨床研究に至るまで、あらゆるスタイルの臨床研究を第三内科では実体験し、優れたフィジシャン・サイエンティストとなるための環境が提供できると確信しています。