我々は、これまで長年にわたって生命分子における革新的分子技術の創出と、これを用いた診断・治療および生命分子の活動機構の解明を追究してきた。生命体における最小の単位である細胞における革新的分子技術の創出ができれば、これを用いた診断・治療および生命活動の分子機構の解明に新たな道が開けると期待される。
このような背景のもとに当研究室では以下3つの目標をあげて研究している。
(1) 革新的分子技術による生命分子機構の解明
(i) 細胞寿命を司るテロメアは染色体の末端部位であり、老化およびがん化に深く関与しているため、2009年のノーベル医学生理学賞の対象にもなり、大きな注目を集めている。我々は人工核酸など分子技術及びNMRを利用することにより、世界で初めてヒトテロメアDNAおよびRNAが四重鎖構造をとることを発見した。これらの成果は米国化学会ACSのChemical & Engineering Newsでニュースとして報道された。また、いままで存在しないと考えられていた逆平行型のRNA四重鎖構造を世界に先駆けて発見した。最近、19F NMRを用いて、細胞内のヒトテロメアDNAおよびRNA四重鎖構造の解明に成功した。また、これらの構造はタンパク質及びリガント分子とどのような様式で相互作用するのかを明らかにした。
(ii) 国際共同研究でインフルエンザ重症化が左巻きのZ型RNAウイルスに関連することを明らかにし、また癌免疫チェックポイントに左巻きのZ型核酸に関連することを明らかにした。さらにメチル化CpGリピートによって安定化されたZ型DNA-RNAハイブリッドが、岡崎フラグメントの開始および伸長に影響を与え、DNA複製を阻害することを初めて明らかにした。NMR分光法を用いて、世界で初めてZ型DNA-RNAハイブリッドの立体構造を決定し、その分子メカニズムを解明した。
これらの成果は、
Nature Publishing Group, Asia Materialsに取り上げられました。
Nature Asia-Pacificハイライト第1位を獲得しました。
最も引用された論文として論文賞を受賞しました。
米国Chemical & Engineering Newsとして報道されました。
(2) テロメアを標的とする革新的分子技術の開発
がん細胞はテロメアの異常伸長により無限増殖していることから、テロメアは新たながん治療のターゲットとなっている。我々はすでにテロメア伸長を阻害する分子技術の開発を進め、がん細胞の無限増殖を阻止することを実証してきた(Chem. Soc. Rev. 40, 2719, 2011)。機能性核酸を利用してテロメアDNAの特異的切断に成功した。機能性核酸ががん細胞に対して老化を誘導することで顕著な腫瘍抑制効果を示す基礎研究成果を見いだした。さらにテロメアDNAの伸長を阻害するリガンド分子の開発に成功した。
(3) クリック化学による革新的がん可視化診断技術の開発
クリック反応という新しい化学反応を利用することにより、細胞内で核酸構造や染色体を可視化することに成功した。「クリック反応」とはアルキン基とアジド基を含む二つの化合物をカップリングするもので、保護や精製の必要がなく、細胞内で効率的かつ特異的に反応し生体応用にも適する優れた手法であり、2022年のノーベル化学賞の対象となった。この分子技術を駆使して細胞内で効率的にクリック反応することによりがん細胞を光らせ、革新的がん可視化画像診断技術を開発している。これまでの核医学イメージングの問題点であり、患者や医療スタッフの被ばく、大掛かりな設備などを解決する。