ヒトテロメアは、染色体末端に存在する単純なGGGTTA繰り返し配列であり、生体内で多様な役割を担っている。特に、テロメアは細胞分裂(老化)・細胞死(がん化)など細胞の生死を左右する“細胞内時計”として注目されている(テロメアについての研究は2009年のノーベル医学生理学賞を受賞)。また90%以上のがん細胞がテロメラーゼによるテロメアDNAを伸長され不死化しており、テロメアは新たながん治療のためのターゲットとなっている。
 一方、ヒトテロメアDNAが転写されることはないと考えられてきたが、最近ヒトテロメア配列を持ったRNA分子が生体内に存在することが明らかになった。この発見によって、テロメアRNAが細胞内において重要な役割を果たすことが示唆された。ヒトテロメアDNAとRNAの分子構造・機能を明らかにすることより、染色体構造の安定化、老化の調節や、がん化といった複雑な生命機構の解明に寄与し、それらの知見に基づいた老化やがん化を標的にした新薬開発の加速にも大きく貢献するものと期待できる。

このような背景のもとに当研究室では
@化学的アプローチによるヒトテロメアDNAとRNAの分子構造と機能の解明、
Aテロメアをダーゲットとするがん標的治療の新手法を開発、
2つの目標として研究している。

1. 生物有機化学的アプローチによるヒトテロメアDNAとRNA高次構造の解明
 人工核酸を利用することにより、世界で初めてヒトテロメアDNAが新規混合四重鎖構造をとることを発見した (図 a)(米国化学会ACSのChemical & Engineering Newsでニュースとして報道された)。長鎖のヒトテロメアDNAが連続的に四重鎖構造を形成する高次構造(図 b)、またヒトテロメア四重鎖骨格に基づく安定なT-loop構造形成することを発見した(図 c) (Nature Asia, Top Ten Research Highlightsで第1位を獲得した)。光反応を利用してDNAの高次構造を解析した結果、四重鎖DNAにおいて、選択的に水素を引き抜き反応が起こることを発見した(図 d)。
 最近、NMRによりヒトテロメアRNAの構造解析研究を行った結果、世界に先駆けてテロメアRNAが四重鎖構造を形成することを明らかにした(図 e)。さらに化学蛍光プローブを用いて、生細胞内のヒトテロメアRNAの構造を可視化することに成功した(図 f)。またヒトテロメアRNAがウラシル4分子体を形成する四重鎖構造を発見した(図 g)。この構造は新たな抗ガン剤開発のための治療ターゲットとなる可能性が期待されている。最近、 クリックケミストリーという化学的アプローチを利用することにより、ヒトテロメアDNAとRNA分子がハイブリッド四重鎖構造を形成することにより、両者が相互作用していることを発見した(図 h)(Angew.Chem.Int.Ed.誌のHot Topicに選ばれた)。



2. テロメアをダーゲットとするがん標的治療の新手法を開発
 昨今、細胞のがん化とテロメアの異常との関わりが多大な注目を集めており、2009年度のノーベル医学生理学賞の受賞対象になった。がん細胞の多く(90%)ではテロメラーゼ(酵素)が活発に働き、テロメアを異常伸長させて細胞の無限増殖をもたらしている。したがって、有効なテロメラーゼ阻害剤が開発できれば、新たな抗がん剤になるものと期待され、実際に、複数のテロメラーゼ阻害剤の臨床試験が現在進行中である。しかし、これまでに開発された阻害剤は、いずれもがん細胞と正常細胞とを十分に識別できず、正常細胞に対しても作用してしまうために患者への副作用が不可避である。そこで、我々は生体有機化学的手法を利用することで、がん治療のダーゲットとして注目されているヒトテロメアDNAの特異的切断に成功した(図 a)。この研究をさらに発展させるため、光化学架橋を利用することで、テロメア伸張を阻害することにより副作用の少ないがん治療手法の開発を目指した。光の持つ高い空間的ならびに時間的分解能を活用することにより、がん細胞と正常細胞が正確に差別化され、がん細胞のみを選択的に死滅させることが成功した(図 b)。
 がん治療技術の進歩はまさに驚異的であり、次々に素晴らしい成果が発表されている。しかし、制がん剤は一般に正常細胞とガン細胞とを正確に識別することはできないので、正常細胞に対する副作用は避けられず、その軽減ががん治療上の最大の急務となっている。本研究では、この緊急課題を、医学的知見に加えて、合成化学的手法を活用して解決する。すなわち、ここで開発する制がん剤では、がん細胞で異常発現しているテロメラーゼをターゲットとし、しかも化学的アプローチによる正常細胞に対する影響を最小限に抑える。こうして、『副作用の少ない次世代がん治療』を実現するのが本研究の目的である。


テロメア〜謎のエンド (興味がある方はこちらをどうぞ)